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【馬渕磨理子氏コラム】
重要な議論は「103万円の壁」だけではない 連載第25回

目次

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世界に大きな影響を与える「トランプ2.0」

2024年は世界的な「選挙イヤー」として注目を集めましたが、その極めつきが11月5日に行なわれたアメリカの大統領選挙であることはいうまでもありません。2025年の日本経済を考えるとき、やはり「トランプ2.0」がアメリカの経済政策に大きな影響を与えることは間違いなく、日本もその余波を受けることになるでしょう。とくに、対中貿易をはじめとする通商政策と並んで注目を集めるのが、金融政策ではないでしょうか。12月18日、FRB(連邦準備制度理事会)は金融政策を決める会合を開き、0.25%の利下げを決定したと発表しています。

本稿執筆時点の2024年末では、今後の金利動向を正確に予測することは難しいですが、2025年はトータルで0.5%ほどの下げ幅に留まるのではないでしょうか。現在、アメリカの失業率は高まっており、2024年年初の3.7%から4.2%に上昇しています。最悪の場合には、1970年代のようなスタグフレーション(景気後退)が起こりかねない。そんな可能性も囁かれており、今後の動きを注意深く観察する必要があります。

日本は「標的」となるのか

トランプ前大統領の再選の影響については各所で指摘されていますが、おおむね規制緩和や減税政策については評価されていて、アメリカ経済の根強さが実感されている雰囲気が漂っています。もしも、トランプ氏がそうした政策を続けてアメリカの景気がよくなれば、日本経済にとってもプラスの影響があります。ところが、選挙中から強弁していたように、トランプ氏は中国にかぎらず世界中の国に対して高関税政策を講じるとみられており、それが現実のものとなる場合には日本のみならず世界的に経済が冷え込むでしょう。

トランプ氏は2024年11月25日、アメリカへの不法移民や麻薬密輸を取り締まるためとして、大統領就任初日に中国とメキシコ、カナダに新たな関税を課すと発表しています。メキシコとカナダからのすべての輸入品に25%の関税を課す大統領令に署名するつもりとしたうえで、中国政府が合成オピオイド(麻薬性鎮痛剤)の一種であるフェンタニルの密輸を食い止めるまで、中国製品に10%の追加関税を課すというのです。日本からすれば、何としても「次の順番」として名前を呼ばれないようにしなければいけません。

2025年、日本の貿易収支がどう推移するかについては、アメリカからすれば日本は貿易赤字国ですから、トランプ氏ははたしてそこに対して目くじらを立てるのかどうか。この点については、石破政権の交渉に委ねられている部分が少なくありません。すなわち、話題に上がっているように、2025年1月に日米首脳会談が行なわれるのかどうか、石破首相がトランプ氏とどのような関係を築くことができるかどうかにかかっているといえましょう。

当然の判断だった日銀の利上げ見送り

日本の経済や金融について目を向けると、2024年12月19日には日銀が利上げを見送りましたが、私は当然の判断として受け止めました。日本では個人消費が依然として弱く、また実質賃金についても大きくプラスに転じているわけではありません。これらの指標を見れば、日本経済が強さを取り戻したとはいえません。

第一生命経済研究所の首席エコノミストである永濱利廣氏が発表したレポートによれば(2024年12月18日)、2023年度の経済成長率は速報値の+0.8%成長から年次推計値で+0.7%成長へと下方修正され、「好調とされていた民間企業設備投資が速報値では実質で+0.3%であったが、年次推計値では同マイナス0.1%に下方修正された」といいます。

企業の設備投資については多くの日本人が好調だと思い込んでいましたが、実際のところは驚くべきことにマイナスだったというのです。永濱氏は、このままでは実質的な生産性の低迷などを通じて実質賃金も上がりにくくなり、経済の好循環に繋がらず長期停滞から抜け出せない可能性があると憂慮していますが。このような状況下で追加利上げを見送るのは妥当な判断として評価できるでしょう。

日本企業は現在、賃上げ圧力に晒され続けていますが、連合が来る春闘でも掲げている「賃上げ5%以上 中小企業は6%以上」という要求の方針は今後も続けなければ仕方ありません。中小企業にとって、賃上げは非現実的という声も聞こえます。たしかに、内部留保がある大企業とは選択肢の幅に差があるのは必然です。とくに多重下請け構造のなかでビジネスを展開している中小企業にとっては、正当な価格交渉を行なえるかどうかがカギを握るはずで、この点については公正取引委員会が目を光らせなければいけません。

とはいえ、個人消費の先行きを見通すと、賃上げが起きたり定額減税が導入されたりしても好転していませんから、今後も楽観はしにくいのが現実です。臨時収入があった場合、どれだけ消費に回すのかという「財布のひも」を示す「限界消費性向」について、日本は依然として低い数字で、定額減税が導入されて以降も向上していません。つまり、結局のところは消費へと繋がっていないのです。この傾向を見ると、今後も個人消費は低く推移すると予測するべきでしょう。

日本全体で好循環を生むには

石破政権の誕生以降、国民民主党がとくに問題視している「103万円の壁」などが議論され続けています。私ももちろん重要な論点だと思いますが、個人消費という点で見ると、セーフティネットに関するテーマよりも、いかに平均賃金を上げていくかを皆で考えなければ、日本経済の成長戦略を描くことはできません。経済学の視点から見るならば、結局のところ給与が増えなければ消費に結び付く高揚感は生まれないのです。

私が現在の日本に欠けている議論だと感じるのは、平均賃金をいかに上げるかというテーマです。この点について、ほとんど語られていないのが実情ではないでしょうか。もちろん、初任給を上げることも大切な論点ですが、年次が上のビジネスパーソンの給与も上がらなければ全体の消費性向は鈍化したままですし、お金は投資に回りません。

総務省統計局の家計調査の数字を見ると、節約してNISAを通じて証券を買うという消費行動に出る人が増えているようです。金融に対するリテラシーが高まっていることは喜ばしいのですが、一部では「NISA貧乏」という言葉も生まれていて、要するに新NISAにお金を「全力投入」した結果、手元不如意になり貧乏生活を強いられている人も出てきているようです。

また、投資先のほとんどはアメリカという問題点も指摘されています。私はこれらの問題はもっと指摘されるべきだと思いますし、制度設計の見直しが必要な部分については早急に洗い出すべきと考えています。「103万円の壁」などのテーマも論じつつ、同時に日本全体でいかに好循環を生んでいくのか、いまこそ大きな議論を巻き起こさなければいけないはずです。

《馬渕氏の連載コラム》
第1回 東京の価値はコロナ後にどうなる?
第2回 企業の「多様性」と「持続性」を考える
第3回 三拍子が揃っている日本市場の強さ
第4回 企業は「現状維持=衰退」の覚悟をもて
第5回 インフレ時代、投資家が評価する企業とは
第6回 「金融リテラシー」をどう高めるべきか
第7回 「歴史的円安」という言葉に踊らされないように
第8回 リスクを可視化できる企業が2023年を生き残る
第9回 日銀の金融政策決定会合が意味するもの
第10回 リクルート競争にどう打ち勝つか
第11回 黒字転換する企業は何が違うのか
第12回 上場後に伸び続ける企業、失速する企業
第13回 中小企業経営者が知るべき米国の動き
第14回 なぜ日本の商社に学ぶべきなのか
第15回 日本が自覚できていない「強み」とは
第16回 2024年問題のインパクトに備えよ
第17回 「稼ぐインフラ」が求められる時代
第18回 「中東紛争&台湾有事」と「インバウンド」のゆくえ
第19回 加速していくGXと生き残る企業
第20回 2024年も価値が上がる東京
第21回 2024年の資産運用のキーワードは「王道」
第22回 歴史的円安が招く時期尚早の利上げ
第23回 中小企業の賃上げをいかに実現するか
第24回 総選挙と大統領選後の日米経済

お話いただいた方

馬渕磨理子(まぶち・まりこ)

◎経済アナリスト/日本金融経済研究所代表理事/大阪公立大学客員准教授◎

PROFILE 京都大学公共政策大学院修士課程修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのアナリストを経て現職。イー・ギャランティ社外取締役。楽待社外取締役。フジテレビ、日経CNBC、プレジデント、ダイヤモンド、Forbes JAPAN、SPA!などで活動。主な書籍に『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』 『株・投資ギガトレンド10』『収入10倍アップ 高速勉強法』『収入10倍アップ超速仕事術』など。

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