【馬渕磨理子氏連載コラム】
第18回 「中東紛争&台湾有事」と「インバウンド」のゆくえ
目次
「イスラエル・ハマス戦争」の影響
10月7日、中東のイスラエルとハマスが衝突して、世界に激震が走りました。同地域の秩序の行方はまさしく不透明ですが、国際秩序あるいは世界経済が大きなリスクに直面しているのは間違いありません。もちろん、日本経済にも少なからぬ影響がおよぶでしょう。今回はまず、日本と世界の経済でどのようなシナリオが考えられるか、現時点での情報から考えたいと思います。
多くの日本人にとって、中東の出来事に対しては「遠い話」として感じられるのではないでしょうか。現に日本の株式市場では、10月末時点では大きな変化は見られません。その意味では、短期の影響は少ないものと思われます。しかし中期的な視点に立てば、日本にとって重要な原油の輸入先である中東が混乱すれば、エネルギー価格が上がる可能性はきわめて高い。今年に入り、ロシア・ウクライナ戦争の影響もあって電気代やガソリン価格が高騰していますが、私たちの生活がさらに直接的に締めつけられるシナリオは十分に考えられます。
また中期的なリスクに関しては、アメリカのインフレが収まらないシナリオも浮上してくるでしょう。世界的に原油価格が高騰すれば、現在がピークと思われているアメリカの利上げが継続されるかもしれません。そうなれば、株式市場が下落して債権市場が人気化し、アメリカ経済が冷え込む可能性を否定できません。もちろん、その余波は日本経済にもおよびます。
さらに長期の視点で今後を予測すると、やはり注目されるのがアメリカの動きでしょう。アメリカは2022年夏にアフガニスタンから撤退して、いったんは中東から距離を置こうとしていました。その背景には、中国を意識してアジアへと関心をシフトする思惑もあったはずです。しかし、今回のイスラエルとハマスの衝突で、アメリカからしても中東に空白地帯をつくるべきではないと痛感したのではないでしょうか。
アメリカの目がアジアからふたたび中東に向かえば、日本経済にとっても転換点となりえます。たとえば、日本はいま半導体の工場を積極的に誘致していますが、そうした戦略の背景には、アメリカの意向が存在していました。もしもアメリカが中東にかかりきりになれば、アジアに関してはいま以上に日本に任せるかもしれない。そうなれば、日本が半導体産業などを強化する流れは加速するでしょう。いかにもポジティブなシナリオですが、少なくとも私はその可能性はゼロではないと考えています。
台湾リスクとどう向き合うか
現在、日本の株価は非常に好調に推移しています。これは、アメリカのみならず欧州系の機関投資家などが、世界にポートフォリオを組むなかで、アジアでの投資先を中国から日本にシフトしているからです。もちろん、地政学的なリスクに鑑みての判断で、ロシアとの関係などを考えれば、中国に資金を入れられるかといえばリスクが高すぎる。その分のお金をどこに振り分けるかと考えたとき、価値観が一緒で政権も安定している日本が選ばれているのです。
また、中国は現在、経済成長率が鈍化していて、消費者物価指数も一時はマイナスに落ち込みました。中国共産党にとって国内経済を盛り返すことが最大の課題で、不動産バブル崩壊も大きな懸念材料です。習近平国家主席は頭を悩ませているはずで、このままでは自身の求心力が弱まりかねません。だからこそ、国内向けのアピールとして、台湾を傘下に収めようとしている側面もあるはずです。
いわゆる「台湾リスク」については、日本企業にとっても大きな関心事でしょう。私は中国が本当に行動に移すとしても先の話だと予測していますが、仮に台湾で有事が起きたとき、日本が巻き込まれないと考えるのはあまりにも楽観的です。少なくとも沖縄などは無関係ではいられません。だからこそ日本はアメリカとともに台湾危機を抑止しようとしていますが、そこで勃発したのが中東での紛争です。
先ほど、アメリカの目が中東に向いてアジアシフトが弱まれば、経済的にはメリットが存在するかもしれないと申し上げました。しかし安全保障上では、アメリカがアジアから目を離すのは致命的で、日本としてはコミットし続けてもらえるように働きかけなければいけません。有事が起きれば経済的にもリスクが高まるわけで、日本としてはこの姿勢を堅持しなければ、長い目で見れば経済も不安定化するだけです。
外国人観光客は戻ってくるか
日本経済と中国との関係性でいえば、重要なテーマのひとつがインバウンドです。しかし、景気のかげりで中国国内の消費がまだ落ち込んでいる状況なので、コロナ禍前と比べると依然として低迷しています。富裕層ならばいざ知らず、一般層が以前と同じように日本を訪れるかといえばもう少し先の話ではないでしょうか。
それでも、日本の観光産業にとって中国に代表されるアジアからのインバウンドが非常に重要であることは変わりありません。9月末の中秋節では中国国内で物凄い数の人が移動したわけで、いずれその足が日本をはじめ海外にも向かうはずです。そうであるならば、日本としてどう彼らを受け入れてビジネスチャンスに結び付けるかという視点が求められるはずです。
以前のインバウンドといえば、外国人観光客が東京の浅草や秋葉原、大阪の心斎橋などのメジャーな都会を訪れて、百貨店やドラッグストアで「爆買い」する様子が報じられました。しかし、いまでは「爆買い」などを目当てに日本を訪れる外国人はごくわずかではないでしょうか。
観光に力を入れている国は、自分たちの国にしかない魅力とは何で、どのような体験を提供できるかを積極的に発信しています。日本でも各地域が都市部にはないアピールポイントを打ち出しながら、外国人を呼び込もうとしています。わかりやすい日本のイメージはすでに飽きられている可能性があり、その意味では、これからのインバウンドで大きな可能性を秘めているのはむしろ地方ではないでしょうか。
持続的なインバウンドへの条件
日本は現在、国としても外国人観光客を上手く国内で分散するような戦略を描いています。一カ所に人が集まり過ぎれば、いわゆる「オーバーツーリズム」が生じてしまい、その結果として現地の住民が暮らしにくくなれば本末転倒です。ですから政府としても、地方の観光振興に力を入れていく方向なのです。
そこで重要な視点が、各地域に「リトル東京」をつくらないことです。たとえば、地方に外資系のホテルが建設されれば、その瞬間は大きな話題になりますし、多国籍の宿泊客を見込めて経済効果が生まれるでしょう。でも、そうして東京と同じような店が並んでいけば、観光客はすぐに飽きて足を延ばさなくなります。また、昔からある地域のお店にもお金は入らないでしょう。
外資を呼んで画一的な街づくりをすれば、日本国内に金太郎飴のような都市が増えるだけで、日本の大きな強みのはずの「文化」が衰退していきかねません。これからの時代に求められるのは、現在の街や伝統を残しながら、そのうえで開発していく戦略ではないでしょうか。現代的な街並みはこれから途上国でも増えていくわけで、どれだけ国内に増やしても日本の魅力にはつながりません。
昨今、日本人には台湾への旅行が人気ですが、多くの人が観光目的で足を運ぶ屋台は、そもそも現地の人びとが日常生活で食事をとる場所でした。つまり、観光客向けに何かを仕掛けたというよりは、もともと存在していた台湾の世界観に、観光客がオリジナリティを見出したという構図です。日本にとっても、持続的にインバウンドのヒントになるのではないでしょうか。
《馬渕氏の連載コラム》
第1回 東京の価値はコロナ後にどうなる?
第2回 企業の「多様性」と「持続性」を考える
第3回 三拍子が揃っている日本市場の強さ
第4回 企業は「現状維持=衰退」の覚悟をもて
第5回 インフレ時代、投資家が評価する企業とは
第6回 「金融リテラシー」をどう高めるべきか
第7回 「歴史的円安」という言葉に踊らされないように
第8回 リスクを可視化できる企業が2023年を生き残る
第9回 日銀の金融政策決定会合が意味するもの
第10回 リクルート競争にどう打ち勝つか
第11回 黒字転換する企業は何が違うのか
第12回 上場後に伸び続ける企業、失速する企業
第13回 中小企業経営者が知るべき米国の動き
第14回 なぜ日本の商社に学ぶべきなのか
第15回 日本が自覚できていない「強み」とは
第16回 2024年問題のインパクトに備えよ
第17回 「稼ぐインフラ」が求められる時代
お話いただいた方
馬渕磨理子(まぶち・まりこ)
◎経済アナリスト/日本金融経済研究所代表理事/ハリウッド大学院大学客員准教授◎
PROFILE 京都大学公共政策大学院修士課程修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのアナリスト、FUNDINNOで日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。イー・ギャランティ社外取締役。フジテレビ、日経CNBC、プレジデント、ダイヤモンド、Forbes JAPAN、SPA!などで活動。主な書籍に『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』 『株・投資ギガトレンド10』『収入10倍アップ 高速勉強法』『収入10倍アップ超速仕事術』など。