【馬渕磨理子氏連載コラム】
第15回 日本が自覚できていない「強み」とは
目次
円高ドル安の背景をどう見るべきか
依然として、世界経済の先行き不透明感を指摘する声が止みません。ロシア・ウクライナ戦争は長期化しており、6月末にはロシアの民間軍事会社である「ワグネル・グループ」が反乱を起こしたと報じられて大きな注目を集めました。この出来事に関しては、その内実と影響をどう認識すべきかはまだ評価が分かれるところですが、今後もさまざまな不規則な動きが起きても不思議はないでしょう。
一方で円相場に目を向けると、7月11日には1ドル140円台半ばまで大幅に値上がりしました。これは約1カ月ぶりの円高ドル安水準ですが、アメリカ国内のインフレが鈍化するとの観測を受けてアメリカの長期金利が低下したことを受け、円を買ってドルを売る動きが強まったものと見られます。
本連載でも再三紹介しているように、為替の動きは日本とアメリカの金利差で決まります。日本は日銀が新体制になったあとも金融緩和を続ける一方で、米国は利上げに動いていました。その利回りに引き寄せられたことにより、これまでは円を売ってドルを買う「円安ドル高」が続いていたのです。
それが一転して、7月前半には一時、5日間で4円も円高に動いたわけで、この要因は何でしょうか。それは、アメリカと日本国内それぞれの要因が互いに影響し合い、円が買われたと考えるべきです。マーケットは原則として「先読み」をして動きますから、日米でいずれも控えているその後の金融政策の会合で示される判断を予想し、円高に推移したのでしょう。
さほど日本では報道されませんでしたが、アメリカの金利は7月に入り大きく下がりました。10年債の利回りが、4%台から3.9%に低下するなど、金利面でドルの魅力が少し薄れたことがドル売り・円買いにつながりました。アメリカの利上げはもともとインフレを克服するためのものでしたが、すでに物価の落ち着きが示されつつあるので、今後も利上げされるか否かについて疑問視されたのでしょう。
過小評価されている日本市場
それでは、これからの世界経済をどう見通すべきでしょうか。私はかねてより日本にお金が集まると紹介してきましたが、現に6月には日経平均株価がバブル後の最高値を更新したことが大きなニュースとなりました。3万円前後だった5月中旬から急上昇を始めると、6月16日には3万3,706円をつけたのです。この流れは、世界経済の動きを冷静に分析すれば予期できたことです。
お金の流れとは過大評価されている市場から過小評価されているところに向かうのが摂理であり、いま過大評価されているのはアメリカ市場でしょう。では過小評価されているのがどこかといえば、たとえば中国は、地政学リスクから投資しにくくなりました。ロシアのウクライナ侵略も世界市場の「中国離れ」を加速させていますが、もしも台湾有事が起きれば、中国も何がしかの経済制裁を受けるのですから当然の動きです。
他方でヨーロッパ経済に関しても見通しが暗く、大きな流れとしてお金が向かうとは考えにくい。そこで過小評価されているのが日本の市場であり、これからは受け皿としてより注目されていくでしょう。まず、現在の新冷戦とも称される国際的な枠組みで求められる「安心」が日本にはあります。アメリカの同盟国で、社会も安定している。現在のような戦争の時代では、そんな日本の魅力はいま以上に着眼されるはずです。
日本株は実際よりも低く評価されていて、日経平均も割安だと見るべきですが、日本人にはあまりそうした自覚がないかもしれません。ただし、最近では徐々に認識されている兆しもあって、たとえば『日本経済新聞』には、アメリカのテック企業より日本のお買い得企業に注目すべきという記事が掲載されるようになりました。
とくに注目すべきがPBR(株価が直前の本決算期末の「一株当たり純資産」の何倍になっているかを示す指標)です。この指標が一倍割れの日本企業を何とかすべきだと投資家が圧力をかけ始めており、すでに日本株にお金が集まり始めているのです。この流れは今後も続くものと思われます。
そのほかにも日本が注目される要素があって、それはサプライチェーン・リスクなどに鑑みて、企業の国内生産への回帰が進んでいる点です。象徴的なのがいまもっとも注目されている産業である半導体業界でしょう。先端半導体の国産化をめざすラピダス(Rapidus)が設立され、北海道の千歳に拠点を置くことがすでに発表されています。また台湾の世界的な半導体企業であるTSMCが熊本に進出することや、韓国のサムスン電子が横浜に半導体の拠点を置くことを検討している点も追い風になるでしょう。
日本が自覚すべき「強み」とは
これからの世界経済で生き残るには、各国とも自分たちの「強み」をどう伸ばせるかがカギを握ります。では、日本の強みとは何でしょうか。多くの人が想像するように、製造業が柱であることに変わりないでしょう。ただし一方で、自動車がEV化していくなかでは予断を許しません。
そこで私が強調したいのが、2021年に初めて輸出額が1兆円を超えた農林水産物・食品の分野です。これは菅義偉政権の取り組みの賜物であり、いま以上に強みとして認識するべきだと思います。また、ようやくコロナ禍が落ち着いてインバウンドも加速するでしょう。そこで重要になるのが、観光資源を決して安売りをしないラグジュアリー・ツーリズムです。すでに自民党では河野太郎デジタル相が議長を務める「ラグジュアリー観光議員連盟」が発足して議論を行なっています。
それからもうひとつ、私が強調したい日本の強みが、わが国の水資源です。日本の水資源は豊富であり、先ほど紹介したいTSMCはそうした背景もあって熊本に進出してきました。このように、半導体や電子部品の工場を誘致できれば十分な魅力になりますが、当の日本人がその価値を十分にわかっていない。そのほかの領域では再生医療の技術力にも世界が注目していて、たとえば手足に障害を負った方が治療のために来日するケースも増えています。
日本にお金が集まる流れは続く
また、日本の課題としてはテックベンチャーが少ない点があげられます。日本政府はスタートアップに対して10兆円の支援を打ち出していて、ユニコーン企業をつくることをゴールに設定しています。それも大切なことですが、さほど規模が大きくなくとも、たとえば100社くらいの元気でチャレンジングなベンチャーをつくることもめざすべきでしょう。
他方で、現在の日本の課題として上場したあとに成長ストーリーを描けていない企業が少なくないという点もあげられます。上場したらせめて時価総額が1,000億円くらいまでスケールするように支援できれば状況は大きく変わるはず。その意味では、スタートアップを盛り上げて、そのうちの数社に結果を出してもらうという世界観で止めてはいけません。
繰り返すようですが、日本にお金が集まる流れが生まれているいまこそ、自分たちの強みを自覚して世界の受け皿をめざすべきです。これまでは中国がその役割を担っていましたが、3月10日にはイランとサウジアラビアが、中国介入のもとで外交関係を正常化させたというニュースが報じられました。依然として米中対立が深まる局面が続いており、西側諸国は中国リスクへの懸念を強めるばかりです。
そのほかに、たとえば新興国で注目すべき国はあるかといえば、インドの名前があがります。中国の工場をほかに国に移そうと考えたとき、新興国のなかで最初に候補としてあがるのはインドでしょう。とはいえ、現時点では市場規模が小さいので不安な点もあり、その意味でもやはり日本が大きな存在となるのは間違いありません。
《馬渕氏の連載コラム》
第1回 東京の価値はコロナ後にどうなる?
第2回 企業の「多様性」と「持続性」を考える
第3回 三拍子が揃っている日本市場の強さ
第4回 企業は「現状維持=衰退」の覚悟をもて
第5回 インフレ時代、投資家が評価する企業とは
第6回 「金融リテラシー」をどう高めるべきか
第7回 「歴史的円安」という言葉に踊らされないように
第8回 リスクを可視化できる企業が2023年を生き残る
第9回 日銀の金融政策決定会合が意味するもの
第10回 リクルート競争にどう打ち勝つか
第11回 黒字転換する企業は何が違うのか
第12回 上場後に伸び続ける企業、失速する企業
第13回 中小企業経営者が知るべき米国の動き
第14回 なぜ日本の商社に学ぶべきなのか
お話いただいた方
馬渕磨理子(まぶち・まりこ)
◎経済アナリスト/日本金融経済研究所代表理事/ハリウッド大学院大学客員准教授◎
PROFILE 京都大学公共政策大学院修士課程修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのアナリスト、FUNDINNOで日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。イー・ギャランティ社外取締役。フジテレビ、日経CNBC、プレジデント、ダイヤモンド、Forbes JAPAN、SPA!などで活動。主な書籍に『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』 『株・投資ギガトレンド10』『収入10倍アップ 高速勉強法』『収入10倍アップ超速仕事術』など。