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【馬渕磨理子氏コラム】
加速していくGXと生き残る企業 連載第19回

目次

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GXに10年間で150兆円規模の投資

2023年も残りわずかとなりました。ロシア・ウクライナ戦争が続いているなかで、中東ではイスラエルとハマスが衝突して混迷を極めるなど、依然として世界の先行きは不透明です。しかし、中長期的な視点に立ったとき、今後も変わらない大きなトレンドがあるのも事実で、そのひとつが、各国が取り組んでいる脱炭素でしょう。

ロシア・ウクライナ戦争は世界の脱炭素の動きを逆流させるともいわれ、日本にとっては中東で有事が起きればエネルギー安全保障上、大きな問題が生じるのはいうまでもありません。それでも、人類の未来を考えたとき、地球環境問題を無視することはできませんし、各国ともそれを自覚しています。むしろ、米中など価値観が異なる国同士でも、ある面では協力し合える領域があるともいわれています。

無論、日本も例外ではなく、岸田文雄首相は10月3日、首相官邸に国内外の経営者らを集めた会合に出席した際に、GX(グリーントランスフォーメーション)を促進するため「年内に分野別の投資戦略を策定して、大胆な投資促進策を実行していく」と語っています。5月には今後10年間で150兆円規模の投資が官民で必要と指摘しており、この流れは今後も加速していくでしょう。

企業側の意識もかなり高まり、日本銀行が全国の経営者に「設備投資を考えているか」というアンケートをとったところ、大企業だけではなく中小企業や零細企業も含めて積極的な回答が多かったそうです。もちろん、各社がどれだけ具体的な取り組みをイメージしているかは別にせよ、GXの分野でCO2削減など何がしかの対策を講じる考えであるのは間違いありません。そこには経営的な狙いもあり、拡大していくGX市場に乗り遅れるわけにはいかないという意識もあるのだと思います。

埼玉県の中小企業のGXの成功例

今回は、私が実際に話をうかがった企業のなかから、石坂産業の事例を紹介したいと思います。石坂産業は埼玉県三芳町に本社を構える中小企業ですが、ゴミをゴミにしない社会「ZERO WASTE DESIGN」をビジョンに掲げて、産業廃棄物の再資源化・環境教育活動に取り組んでいます。

産業廃棄物工場は、ともすれば設置すると地元の住民から非難の声が向けられることがあります。しかし、石坂産業は自分たちの取り組みをスケルトンにして世の中に発信し、地域の方々にも包み隠さず情報を公開し続けています。そもそも、産業廃棄物工場がいわれなき批判を受けるのは、往々にして何をやっているかをオープンにしないことが理由となるケースが多い。だからこそ、「怪しい」「汚い」「出ていけ」などの風潮が生まれてしまうのです。

その点、石坂産業は違います。どのようなビジョンのもとで、どのような過程で廃棄物の処理を行なっているかをきちんと公開しています。たとえば、リサイクルした資材でトイレの壁をつくって地域に還元したり、地域のゴミ拾いに率先して参加したり、あるいは里山保護の活動を発信しているのです。その結果、やがて地域の方々からのイメージが変わっていき、いまでは十分な理解を得られています。

影響力は地元に留まらず、驚くべきことに、石坂産業の工場見学に毎年6万人もの人が見学に足を運んでいます。最初は従業員からは「自分たちは見世物ではない」という声も上がったようですが、最終的には、まさにGXに最前線の仕事をしている会社として、自分たちの取り組みをオープンにすることが日本全体の意識を変える一助になるという意識があったのかもしれません。地道な活動の成功事例だと思います。

求められる金融機関と企業のコミュニケーション

なぜ私が石坂産業の事例を紹介したかといえば、「発信すること」の重要性を強調したかったからです。GXについては、企業にかぎらず日本全体が「決まり事」として向き合っているような印象を受けます。そうではなく、積極的に取り組み、それを周知すれば、企業にとって自分たちの価値を上げることにつながります。つまり、時代の流れに仕方なく乗っかるのではなく、せっかくの潮流をチャンスに変えていく姿勢が求められるといえるでしょう。

その意味では、石坂産業の産業廃棄物の再資源化というビジネスは、本来であればもっとも発信するのが難しい業界のひとつであるにもかかわらず、現在は地域の理解を得られているという点で、どの企業にも応用しうるケースではないでしょうか。たとえば、IT企業は製造業のようにわかりやすくCO2削減などを訴えにくいといわれますが、実際にはかなりの電力を使用しているわけで、節電をアピールするだけでも意味があるでしょう。

もうひとつ強調したいのが、石坂産業の石坂典子社長は金融業界へのコミュニケーションも重要であるとお話しされていることです。聞けば、年に数回は金融機関を対象とした勉強会を開いて、自分たちの活動を説明しているといいます。企業からすれば金融機関のサポートが必須で、だからこそ、数字の話と一緒に自社の取り組みの詳細や意義を伝えることが求められます。これもまた、どのような業界の企業も取り入れられる活動といえるのではないでしょうか。

近年では金融機関側の意識も変わってきて、たとえば静岡銀行は次世代経営者塾「Shizuginship」を開催し、次世代を担う経営者・後継者・実務担当者に研鑽と交流の「場」を提供しています。いわゆる勉強会の延長線上ですが、そこで企業の経営者たちの視座を高めて、取り引きを促進しようという狙いです。地銀はいま、さまざまなチャレンジをしていて、私も勉強会などに招かれてGXをどう経営に取り入れるか、などについてお話しさせていただいたこともあります。

GX時代の企業経営者に求められる視座

投資家からの視点をふまえても、企業価値を測るうえではGXへの取り組みなども含めて評価される時代です。その点、私が最近違和感を抱いているのが、企業にはガバナンスが必要という議論です。こうした語りは、経営者が何か過ちを犯す前提で展開されているように感じます。もちろんそうした観点も大事ですが、本来であれば社会や地域に貢献したいという志をもつ方が経営者になって然るべきで、それを周囲や金融機関などのパートナーが支えるのが道理でしょう。

しかし、経営者の多くはそうした使命を忘れているがゆえに、ガバナンスがこれだけ叫ばれているのではないでしょうか。その結果、企業戦略ばかりが議論されているわけですが、そうした表面的な数字の成果とともに、GXのように社会にどうアプローチしていくかという視点は、多くの社会課題を解決しなければいけないこれからの時代にこそ求められるはずです。

日本ではいまだに「失われた30年」について議論されますが、私はひと言でいうならば、経営者がどこかで志を失ってしまったがゆえに、リスクをとって何かに挑戦する姿勢が消えたことが最大の問題だと認識しています。いうなれば、短期的な数字を求めているからそうした姿勢に陥るわけで、そのような状態では、GXに際して自分たちの取り組みを中長期で発信するという考えに至らないのも当然です。

GXにおいては、短期的な数字だけを追いかけることなく、中長期的かつ非常に大きな取り組みを実践することが求められます。その意味では、当たり前の話ではありますが、経営者が意識や視座を変えることが、日本が脱炭素への道を歩むうえでの第一歩になるはずです。

《馬渕氏の連載コラム》
第1回 東京の価値はコロナ後にどうなる?
第2回 企業の「多様性」と「持続性」を考える
第3回 三拍子が揃っている日本市場の強さ
第4回 企業は「現状維持=衰退」の覚悟をもて
第5回 インフレ時代、投資家が評価する企業とは
第6回 「金融リテラシー」をどう高めるべきか
第7回 「歴史的円安」という言葉に踊らされないように
第8回 リスクを可視化できる企業が2023年を生き残る
第9回 日銀の金融政策決定会合が意味するもの
第10回 リクルート競争にどう打ち勝つか
第11回 黒字転換する企業は何が違うのか
第12回 上場後に伸び続ける企業、失速する企業
第13回 中小企業経営者が知るべき米国の動き
第14回 なぜ日本の商社に学ぶべきなのか
第15回 日本が自覚できていない「強み」とは
第16回 2024年問題のインパクトに備えよ
第17回 「稼ぐインフラ」が求められる時代
第18回 「中東紛争&台湾有事」と「インバウンド」のゆくえ

お話いただいた方

馬渕磨理子(まぶち・まりこ)

◎経済アナリスト/日本金融経済研究所代表理事/ハリウッド大学院大学客員准教授◎

PROFILE 京都大学公共政策大学院修士課程修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのアナリスト、FUNDINNOで日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。イー・ギャランティ社外取締役。フジテレビ、日経CNBC、プレジデント、ダイヤモンド、Forbes JAPAN、SPA!などで活動。主な書籍に『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』 『株・投資ギガトレンド10』『収入10倍アップ 高速勉強法』『収入10倍アップ超速仕事術』など。

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