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【馬渕磨理子氏コラム】
歴史的円安が招く時期尚早の利上げ 連載第22回

目次

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分かれ道のアメリカ経済

今年も早くも後半に差し掛かりました。7月から8月にかけてはパリ五輪・パラリンピックが開催されますが、そのあとの「世界的イベント」といえば、やはり米大統領選挙があげられます。米大統領選に限らず、選挙とはその時々の国の経済状況が勝敗を分ける大きな要素になることで知られますが、それでは、現在のアメリカ経済はどう見るべきなのでしょうか。

マーケットが注視している金利から見ていくと、米労働省が6月に発表したJOLTS(雇用動態調査)やADP雇用調査を見るとそれぞれ弱い数字が出ていますが、もっとも重要な数字である雇用統計は強い数字が出ています。つまり、雇用のいろいろな指標を見ると強弱いずれの指標があり、そうである以上は様子見の状況が続く。ただし、それでも年末までに一度や二度は現在の5.5%から利下げに転じるだろうというのが私の見立てです。

賃金インフレについても、これから再加速する可能性があるでしょう。6月、バイデン大統領は移民の規制に関して、1日当たり2,500人以上は受け付けないとする大統領令にサインしました。するともちろん、移民労働者が大挙してアメリカに渡ってくることはなくなりますから、建設業やサービス業を中心に人手不足が加速する可能性が高い。そうなればまた賃金が上昇することになりますし、その結果としてインフレが起きるシナリオもあり得ますから、大きな懸念材料として浮上します。

このように見ていくと、アメリカ経済がどちらの方向に振れていくか、現状ではまだ明確な道筋が見えているとはいえません。それはつまり、米大統領選の行方もまだ流動的であることも同時に意味しますが、各企業にとっては、バイデン大統領の続投かトランプ前大統領の返り咲きか、どちらの結果が訪れようとも対応できるような備えが必要であることはいうまでもありません。

「トランプ再登板」への備え

よくいわれる「もしトラ」について考えると、トランプ前大統領が再登板したら、中国に対する関税の強化やドル安全策をとってくることが予測されるので、日本からすれば円高に振れる可能性があります。それがどれだけのリスクになるかは別としても、シナリオとしてはイメージしておかなければいけません。いずれにせよ、アメリカ第一主義が掲げられるのは間違いありませんし、第一次政権時代とどのように変質しうるのかも、いまのうちから議論すべきでしょう。

トランプ前大統領が返り咲き、なおかつ国外に関心を示さない場合、世界秩序は苛酷な試練に晒されます。中国と台湾のあいだの緊張や、ロシアのウクライナ侵略、そして中東の紛争など、そのいずれにもアメリカは関与しないとなれば、中国にしてもロシアにしてもいま以上に動きやすくなることは間違いありません。

とくに日本にとっては、アメリカが東アジアに関与する意志があるか否かは、死活問題です。アメリカに「守ってもらう」という構えだけではもはや持続的ではなく、連携を深めつつ、たとえば台湾有事に対してもともに対処する意識が求められるでしょう。この話は何も企業にとっても無縁の話ではなく、近年注目を集める経済安全保障の対応がさらに求められることを意味します。

現に前回のトランプ政権時代、アメリカと中国の関係が悪化し、貿易摩擦が加速しました。もちろん世界経済にも影響があり、当時は鈍化の傾向が見てとれましたし、日本では株価が下がりました。ただし、前回と今回の違いでいえば、かつてよりも経済と国際政治が密接に結びついている現在、中国市場にリスクを感じた海外企業は、政治状況が比較的安定している民主主義国家である日本に投資する流れが考えられます。世界全体で見れば景気が冷え込む懸念がありますが、日本には恩恵があるのも事実です。

楽観もせずに悲観もせずに

続いて日本国内の経済を俯瞰すると、好景気なのか不景気なのか、判然としないという印象をもつ人が少なくないのではないでしょうか。たとえば、GDPは低調で、とくに個人消費は四四半期連続でマイナスが続いています。この事実をふまえれば、景気後退に差し掛かっている局面といえますし、個人消費が1年間ずっと落ち込んでいるというのは、15年前のリーマンショックレベルの深刻な事態です。

本来であれば、新型コロナウイルスの感染拡大も落ち着き、消費は増えるはずなのですが、やはり物価高と実質賃金がマイナスを記録していることが、国民に対してお金を使わないマインドを根付かせているのでしょう。こんな状況ですので、企業の国内設備投資についても、徐々に高まってはいるのですが、継続性があるかと考えれば懸念せざるを得ません。

このような企業マインドですが、就職動向に目を向けると、現在の売り手市場に変化は起きないでしょう。文部科学省と厚生労働省は、2024年3月卒業の大学生・短大生などの就職率を公表 していますが、 今年4月1日現在で、大学生98.1%、短大生97.4%です。つまりはほとんど皆が就職できているので、明らかな人手不足です。景気後退に入り、もはや人事採用さえも見送るとなれば昔の氷河期の再来ですが、いまのところのその予兆は見えません。

日本経済については、往々にして楽観論と悲観論の二元論で語られがちです。ですが、上記で述べたように、就職氷河期ほどの不景気が訪れようとしているわけでもないし、とはいえ数字を見れば明白な好景気ともいえません。米大統領選への備えにも通じることですが、現在のように不規則で複雑な時代には、わかりやすく「好調」「不調」といえる局面のほうが少ないわけで、経営にしても投資にしても、その点を前提としてふまえたうえでさまざまな判断を下したり備えたりしなければいけません。

利上げはまだ早い

そして注目されている金利については、日本銀行が今年3月19日まで開いた金融政策決定会合で、「マイナス金利政策」を解除し、金利を引き上げることを決めました。日銀による利上げはおよそ17年ぶりで、この発表以来、ならばはたしてどのタイミングで引き上げるのか、さまざまな議論が行なわれて現在に至ります。

ただし、じつは私は、利上げはまだ早いというか、必要ないと認識しています。なぜそう思うかといえば、現在のように個人消費が落ち込んでいて、実質賃金がマイナスの状況のなかで、為替をターゲットに利上げをするのは間違っていると思うからです。たとえ実質賃金がプラスに転じていても、本来は少々のプラス幅ならば意味がありません。

現在の論調は、「円安を止めなければいけない」「円高になれば輸入物価が落ち着いて個人消費に恩恵がある」という理由から、利上げすべきというものです。経済統計データに鑑みれば決して利上げをするタイミングではないと判断できるのですが、記録的ともいえる円安から世論がそちらの方向に流れているように感じてなりません。

ただし、私はその前に景気浮揚策を講じることが必要だと考えています。もしも金利を上げてしまえば、電気やガスなどのエネルギー価格もさらに上がりますから、なぜその判断が支持されているのか不思議でなりません。日本は少しでもよい兆しが見えると引き締める傾向があるのですが、その判断の誤りを繰り返したのが平成ではなかったでしょうか。

そうではなくて、はっきりと景気が浮揚していると誰もが実感できるようになってから金利を上げても、私は遅くないと考えています。30年間もデフレだった国が、すこし回復したからといってインフレを心配するのはおかしな話でしょう。インフレについては、金利を引き上げれば対処できることはわかっています。たしかに、アメリカのように手こずる可能性はありますが、それでもデフレ脱却のほうがはるかに難しい問題であることは、私たち日本人が誰よりも身をもって知っている話ではないでしょうか。

《馬渕氏の連載コラム》
第1回 東京の価値はコロナ後にどうなる?
第2回 企業の「多様性」と「持続性」を考える
第3回 三拍子が揃っている日本市場の強さ
第4回 企業は「現状維持=衰退」の覚悟をもて
第5回 インフレ時代、投資家が評価する企業とは
第6回 「金融リテラシー」をどう高めるべきか
第7回 「歴史的円安」という言葉に踊らされないように
第8回 リスクを可視化できる企業が2023年を生き残る
第9回 日銀の金融政策決定会合が意味するもの
第10回 リクルート競争にどう打ち勝つか
第11回 黒字転換する企業は何が違うのか
第12回 上場後に伸び続ける企業、失速する企業
第13回 中小企業経営者が知るべき米国の動き
第14回 なぜ日本の商社に学ぶべきなのか
第15回 日本が自覚できていない「強み」とは
第16回 2024年問題のインパクトに備えよ
第17回 「稼ぐインフラ」が求められる時代
第18回 「中東紛争&台湾有事」と「インバウンド」のゆくえ
第19回 加速していくGXと生き残る企業
第20回 2024年も価値が上がる東京
第21回 2024年の資産運用のキーワードは「王道」

お話いただいた方

馬渕磨理子(まぶち・まりこ)

◎経済アナリスト/日本金融経済研究所代表理事/ハリウッド大学院大学客員准教授◎

PROFILE 京都大学公共政策大学院修士課程修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのアナリスト、FUNDINNOで日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。イー・ギャランティ社外取締役。フジテレビ、日経CNBC、プレジデント、ダイヤモンド、Forbes JAPAN、SPA!などで活動。主な書籍に『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』 『株・投資ギガトレンド10』『収入10倍アップ 高速勉強法』『収入10倍アップ超速仕事術』など。

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