親族内承継とは?メリット・デメリットと円滑に引き継ぐポイントを解説
目次
経営者自身の子供や兄弟など、身内を後継者とする方法を「親族内承継」といいます。
昔は「長男が家業を引き継ぐこと」が当たり前の時代もありましたが、今や多くの中小企業が後継者不足に頭を悩ませています。
また経営者自身が元気で、現役に留まる期間も長いため、後継者選びが後回しになったり、親族間で話が進んでいなかったりするケースも多いのではないでしょうか。
親族内承継は何年か時間をかけて進めるべきもので、ときには思わぬトラブルも発生します。そこで本記事では、親族内承継のメリットや注意点、具体的な準備方法などを解説します。事業承継に向けた準備にぜひお役立てください。
親族内承継とは
親族内承継は、現在の経営者の子供などに事業承継させる方法です。
実子だけでなく婿や嫁のほか、配偶者や兄弟姉妹、甥(おい)や姪(めい)なども含まれます。
ほかの承継方法としては、従業員承継や、社外から新たに後継者を連れてくる方法、第三者に事業を譲渡するM&Aなどがありますが、親族内承継がもっとも主流です。
しかし、近年は親族内の後継者が不足するケースが多くなっています。また「子供は親の後を継ぐもの」という価値観が多様化し、子供自身が「事業の成長性が見込めないから別の道を選ぶ」「自分のやりたいことではない」などの理由から承継を拒否するケースも増えています。
親族内承継の流れ
親族内承継を実行する流れを5つのステップで解説します。
- 事業承継の必要性の認識
- 経営状況と課題の把握
- 経営状況の改善
- 事業承継計画の策定
- 事業承継の実行
この手順は、中小企業庁も提唱しているものです。それぞれのステップで行う内容を整理していきましょう。
1.事業承継の必要性の認識
まず事業承継を早期に行う必要があるか、中小企業庁が提供している「事業承継診断」などを用いてチェックします。事業承継の支援機関との相談を始めるのもよいでしょう。
事業承継は経営者の身内だけの問題ではありません。従業員の雇用を守ったり、取引先との信頼関係を保持したり、後継者にも大きな責任がともないます。
頼れる経営者として育成するには数年単位での時間もかかるため、事業承継を成功させるには早めの着手が重要です。
2. 経営状況と課題の把握
経営の「見える化」を行います。「中小会計要領」「ローカルベンチマーク」など、ツールの活用が経営状況を把握するうえでの助けとなるでしょう。
例えば次のようなポイントをチェックすることで、事業を発展または継続していくための課題や、改善策を見つけることにつながります。
- 現在のビジネスモデルは利益を確保しつづけられるか
- 自社のサービスや商品は競争力を持っているか
- 市場の成長性、拡張性は残されているか
- 経営者と会社の貸借関係は明確で、後継される資産はどれか
3. 経営状況の改善
経営課題が明らかになったら、後継者が引き継ぎやすい組織へと徐々に企業の中身を改善するフェーズです。
自社の強みを伸ばしつつ、課題を克服する試みが重要です。
以下のような具体的な取り組みを通じて企業価値を高めると、後継者にも魅力的な環境に映るでしょう。やりがいもさらに高まると期待されます。
<改善の取り組み例>
- 業務の流れの無駄を解消して、生産性を高める
- 採算性の高い事業に注力し、競争力のある商品開発を進める
- 経営改善に関するアイデアを広く従業員からも集め、主体性を促す
4. 事業承継計画の策定
事業承継計画とは、事業承継を完了させるまでの進め方をまとめた計画書です。
一般的に承継するという決断から、事業承継完了までには5~10年かかるため、次に示す目標や方針を計画書として可視化します。
- 10年分の売上高や利益の予測
- 現経営者と後継者の年齢、役職
- 後継者教育の目標
- 持ち株比率
計画書を作る効果として、後継者や親族、社内の幹部、金融機関に対し、承継計画を説明する際の説得力が増します。ビジョンを経営者の頭の中だけにとどめず、後継者と共有するには最適なツールです。
また、事業承継計画では長期的な経営方針や目標を設定し、事業承継にかかわる行動計画も策定されます。
とくに事業承継後の目標にかかわる部分は、後継者の意見が反映されなければなりません。
5. 事業承継の実行
事業承継計画をもとに、事業承継を進めます。
教育や引き継ぎなどを経営者と後継者が協力しながら行う一方、株式など資産の譲渡や経営権の移譲を行います。
とくに親族内承継の場合は、やがて相続も生じるため、早めに専門家に相談することも有効です。現在の経営者に退職金を支給し自社株の評価額を下げる、生前贈与を活用して毎年着実に相続財産を減らすなどの計画を実行していきましょう。
親族内承継のメリット
割合が減ってきたとはいえ、現在も多くの中小企業が親族内承継を選んでいます。
親族内承継が支持されるのは、次のような理由があるためです。
- 親族なら承継までの準備期間を確保しやすい
- 従業員や取引先からの協力や理解を得やすい
具体的に、ほかの承継方法と異なる点を解説します。
1.事業承継の準備期間を確保しやすい
子供を経営者に育成するまでには10年ほどかかるといわれています。別の企業で働いていた後継者を、事業承継の目的で自社へ入社させる場合、営業や製造や管理といった主要部門をローテーションさせる手法がとられます。ひととおりの仕事を体験することで、社内業務の流れを体得できるほか、現場でほかの従業員ともなじめるでしょう。
子供も「自分がやがて経営者となる」と早い段階から意識していれば、教育と育成には十分な準備期間をとりやすくなります。
第三者承継のように、経営者が後継者を定めてから承継準備をスタートする場合とでは大きな差がつくでしょう。
2.従業員や取引先の協力・理解を得やすい
事業承継を実行する段階で、従業員や取引先に後継者を紹介します。現在の経営者の親族は、日本の慣習としても感情的にも受け入れられやすいでしょう。
取引先や金融機関との引き継ぎも円滑に進むと期待されます。
親族内承継のデメリット
事業承継の選択肢として定着している親族内承継ですが、デメリットもあります。
身近にいる親族を後継者として選ぶと、思わぬトラブルが起こる可能性があります。その結果、事業そのものに悪影響を及ぼす恐れがあるのでどのようなリスクがあるのかについても考慮して進める必要があります。
1.資質のない経営者が生まれる恐れがある
経営者として資質のないリーダーが生まれることは、本人にとっても従業員、会社全体や取引先にとって大きな問題となる可能性が高いです。
経営者の子供や兄弟に、必ずしも経営者としての適性が備わっているとは限りません。しかし、子供がひとりしかいない場合に、ほぼ自動的に後継者となるケースもあるでしょう。結果として、業績の低迷を招くほか、優秀な従業員たちも離反してしまう恐れがあります。
企業存続を優先させる場合には、無理に親族内承継にこだわらず、従業員やM&Aによる第三者への承継を検討すべきでしょう。
従業員承継に関して、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
>「従業員へ事業承継するメリット・デメリットと3つの選択肢」
2.親族間でトラブルが起こる可能性もある
後継者の候補が複数いる場合には、後継者争いが起こる可能性もあります。
また社外の親族との間にも相続をめぐるトラブルが発生するかもしれません。中小企業の創業社長には資産の大半が自社株式というケースが見られます。事業承継時に、自社株式の評価額を低くすることを検討する経営者も多くいますが、そのほかの財産では遺留分に達しない場合、自社株の一部が社外にいる親族の手にわたります。
株式が分散すると、事業承継後の企業運営に影響を与える可能性があるのです。
事業承継で起こるトラブルについて、 詳しくはこちらの記事をご覧ください。
>「事業承継で起こりうるトラブル5選|失敗しないための対策と注意点」
円滑に親族内承継を行うポイント
親族内承継を円滑に進め、事業がスムーズに継続できるように以下のポイントをおさえておくとよいでしょう。
- 後継者の早期選定・育成を行う
- そのほかの親族への説明をする
- 安心して承継できる状態を構築する
- 相続に向けた準備を進める
万全に事業承継を行うためには、初動を早くすることが重要です。
1.後継者の早期選定・育成を行う
後継者選びに早めに着手し、育成にかけられる時間を少しでも確保しましょう。
経営環境が目まぐるしく変化する中でも、着実に事業を成長させられる人材をどのように選ぶかが事業承継のカギです。複数の候補者を競わせる場合には、選ぶ基準を明確にして数値化すると、のちに選ばれなかった方が恨みをもつなどのトラブルを回避しやすくなります。
2.後継者以外の親族への説明を行う
候補者が決まった場合はもちろん、選定中の段階で主要な親族には承継の方針を報告、説明しておく必要があります。後に相続などでトラブルが起こる可能性を、少しでも減らすことにもつながります。
とくに社外にいる親族にとっては、会社の経営権の問題以上に、所有権つまり自社株の取り扱いが気になるものです。
現在の経営者、後継者とともに親族を交えて、方針を確認しておきましょう。
3.後継者が安心して承継できる状態を構築する
現在の経営者が経営状態や課題を把握し、可能な限り状況改善に務めることが重要です。財務状況の改善はもちろんのこと、自社商品の磨き込みや事業承継に向けたポジティブな雰囲気づくりも、事業承継をスムーズに着地させるうえで助けとなるでしょう。
また後継者の成長を待つだけではなく、経営の実務や企業理念、経営方針などを引き継ぐように経営者側から働きかける必要があります。
経営者としての業務の引き継ぎの際には、取引先や金融機関との打ち合わせにも同席させるなどして、名実ともに後継者として社内外から認められる状況を作りましょう。
4.相続に向けた準備を進める
事業承継では相続税や贈与税が発生しますが、相続に向けた準備を怠ると思わぬ負担が発生する場合があります。
また相続時に自社株の保有者が分散してしまうと、株式買取を請求されたり、株主総会が混乱したりするなど、その後の経営に影響を及ぼす可能性があります。
「経営承継円滑化法」を活用すると事業承継にともなう負担を軽減できる可能性が高まります。
- 自社株の譲渡前に評価額を固定する合意を得る
- 自社株の一括贈与にあわせて納税猶予制度を適用する
- 自社株の買取資金や当面の運転資金を支援してもらうよう事業承継計画に盛り込む
これらの税制サポートや、さまざまな支援が受けられます。早めに専門家に相談しましょう。
親族内承継に関する相談先
親族内承継に関しては、さまざまな機関や専門家が相談に乗ってくれます。
通常の仕事が忙しい、内部の事情が複雑で相談しにくい、まだ後継者が決まっていないから時期尚早といった場合でも、何から手をつけるべきか整理してもらえるなどのサポートが期待できます。
できる内容から準備を始めるだけでも、円滑な承継に近づけるかもしれません。
1.公的機関
国が各都道府県に設置している「事業承継・引継ぎ支援センター」や、地域の商工会議所などです。これまでの事業承継の成功事例を学べるほか、重要ポイントの解説セミナーなども実施されています。
2.事業承継に詳しい専門家
税理士や弁護士にも事業承継の相談が可能です。事業承継に関して得意な人に相談するのがよいでしょう。
専門家同士のつながりで適切な人を紹介してもらうのも、ひとつの方法です。
事業承継の相談に乗ってくれる専門家について、 詳しくはこちらの記事をご覧ください。
>「事業承継に専門家は必要?相談内容と選び方・探し方を解説」
3.事業承継に関する支援を行う企業
事業承継の相談などについて包括的に支援できる企業を頼るのもおすすめです。コンサルティングやM&Aのマッチングを行う企業もあります。
早期からのお取り組みにより円滑な事業承継を
親族内で事業承継する方法について解説しました。
5~10年単位で期間が必要となる事業承継を円滑に進めるには、とにかく早期からの取り組みが欠かせません。
後継者を選定してから育成するまでの期間、また相続に向けた準備についても十分な時間を確保する必要があります。
そして承継後に起こりうるさまざまなトラブルの可能性を少しでもおさえるには、ほかの親族や取引先、金融機関などとのコミュニケーションや根回しが重要です。
専門家のアドバイスのもと、事業承継計画書を作って、着実に実行に移していくのがよいでしょう。
※期待どおりの税務上の効果が得られない可能性があります。
※税制改正、その他税務的取り扱いの変更により効果が変動する場合があります。