事業承継に必要な手続きとは|承継前の準備と流れ、相談方法を解説
目次
事業承継とは、会社を後継者に引き継ぐことをいいます。経営者が培ってきた経営資源である「人(経営)・資産・知的資産」を最適な形で後継者に引き継ぐためには、適切な事業承継の計画立案と手続きが不可欠です。
事業承継の進め方は、誰が会社を引き継ぐかによって大きく変わります。今回は、事業承継の種類や手続きの流れ、相談先などを、事業承継を控えている人に向けてわかりやすく解説します。
事業承継の準備に十分な時間が取れなかったことにより、不本意な結果になってしまう例もあります。大切な会社を守るためにも、早めの着手が必要です。
事業承継とは
事業承継とは、会社の経営権や資産を後継者に引き継ぐことをいいます。事業承継は、誰に引き継ぐかによって次の3つに大別でき、手続きの流れが大きく変わります。
- 親族内承継(子や孫などの親族に引き継ぐ)
- 親族外承継(従業員などに引き継ぐ)
- 外部承継(M&A(合併と買収)によって第三者に引き継ぐ)
親族内承継
親族内承継は、その名のとおり、子や孫、配偶者などの親族に事業承継することをいいます。事業承継のもっとも一般的な方法であり、社内外からの理解を得やすく、後継者の育成を早期に開始できるなどのメリットがあります。
東京商工リサーチが実施した「平成28年度中小企業・小規模事業者の事業承継に関する調査」によると、後継者候補の選定にあたり、「子供や孫を候補者として検討」と答えた人は44.8%、「子供や孫以外の親族を候補者として検討」と答えた人は20.8%となっており、実に6割以上の人が親族内承継を検討していることがわかります。
しかし、中小企業庁の「事業承継ガイドライン」によると、実際の事業承継全体に占める親族内承継の割合は、以前と比べると急激に落ち込んでいます。2015年の調査では、現経営者の在任期間が短いほど親族内承継の割合の減少が顕著であることが明らかになっており、現経営者が事業を引き継いでから5 年未満の会社では、親族内承継の割合が全体の約 35%にまで減少しています。
後継者候補が安定した職業や、家業にとらわれない自由な職業を選択するケースなどもあり、価値観の変化によって従来のような事業承継が難しくなっています。
日本政策金融公庫の調査では、60歳以上の経営者のうち50%超が将来的な廃業を予定しており、そのうち3割が「後継者難」を理由にあげています。
後継者が見つからない状況で、新型コロナウイルスの感染拡大による業績悪化などが中小企業の事業承継に大きく影響しています。
親族内承継は、子供や孫などの後継者候補が存在するからといって、うまくいくわけではありません。その会社が引き継ぐに値するものだと後継者に感じさせ、安心して事業を引き継ぐための体制づくりが、経営者には求められています。また、経営者・後継者双方が、事業を引き継ぐ心構えをする時間も考慮する必要があります。
親族外承継(役員・従業員など)
親族外承継は、親族以外の役員や従業員に事業を承継する方法です。親族内承継に比べて選択肢が広がるため適正のある人物を選びやすくなり、長期間働いている従業員に承継すれば、教育の手間を軽減できるなどのメリットがあります。
親族内承継の割合が減少するなか、親族外承継の割合は近年、増加傾向にあります。
事業承継を実施する場合、一定数以上の自社株を後継者に譲渡しなければならず、これまで親族外承継においては自社株の取得などにかかる資金の捻出が大きな問題になっていました。しかし現在では、親族外の後継者も事業承継税制の対象に加えられるなど、親族外承継を実施しやすい体制が整いつつあります。
親族外承継の場合は、親族株主の了解を得ることがもっとも重要です。後にトラブルが発生しないよう、関係者全員の同意を取りつけ、ほかの役員や従業員との関係性構築にも留意しましょう。
外部承継(M&A)
事業承継のもうひとつの方法として、M&Aを含む外部承継があげられます。M&Aは株式譲渡や事業譲渡などにより、社外の第三者に事業を引き継ぐ方法で、親族外承継の一種といえます。
広く後継者候補を探せるほか、経営者は売却の利益を得られ、会社はM&Aによる相乗効果で発展することもあるなど、適当なマッチング先が見つかればメリットが多い方法です。M&Aの割合も増加傾向にあり、その背景には後継者難のほか、民間のM&A支援機関の増加や、国の事業承継・引継ぎ支援センターが全国に設置されたことなどもあります。
M&Aは、マッチング先の選定や交渉に時間がかかるため、なるべく早い段階で検討を始めることが重要です。承継先が決定しても、トップ同士で面談交渉を重ね、最終的に合意に至らなければM&Aは実現しません。場合によっては従業員や役員が解雇の対象になる可能性もあるため、十分な説明が必要になるなど、専門家を交えて慎重に進める必要があります。
親族内承継・親族外承継・M&Aのメリットやデメリットなど、さらに詳しく知りたい場合はこちらの記事をご覧ください。
>事業承継スキームとは?重要性と承継を成功させるための選択肢を解説
事業承継の流れと手続き方法
ここからは、事業承継の流れを見ていきましょう。後継者の決定から事業承継計画の立案まで、事業承継でやらなければならないことは多岐にわたります。そのため、なるべく早い段階で専門家に相談することが大切です。
後継者の決定
事業承継では、まず誰に承継するかを決めなければなりません。後継者によって、事業承継税制や自社株評価の引き下げといった、その後の動きが異なるからです。会社の将来を見据えて、誰に承継するのが最善かを、さまざまな面から検討します。
現状の把握
事業承継を実施するにあたって、会社の現状と課題を洗い出します。
- 財務状況
- 今後の経営におけるリスク
- キャッシュフローの見込み
- 法定相続人、自社株評価、納税方法など相続発生時の課題
このほかにも、M&Aを想定している場合は、そもそも会社が売れるのかどうかも調べる必要があります。現状を細かく把握しなければ、施策の立案・実行が困難になります。経営者が会社の問題を整理し、後継者が会社について理解を深めるうえで、現状の把握は大切なステップです。
事業承継計画の立案
後継者が決定し、会社の現状が把握できたら、事業承継計画の立案を行います。
事業承継計画とは、中長期の経営計画に、事業承継の時期や具体的な施策を盛り込んだものです。次のような項目で構成されます。
- 承継時期
- 後継者の育成計画
- 法定相続人など、経営者・後継者相互の人間関係の確認
- 株式の保有状況と譲渡の方法
- 想定財産・納税額・納税方法の検討
段階的な株式移転や、役員報酬の増額による自社株調達などを計画し、実行するタイミングを決定します。経営者が保有する株式を後継者に譲ることを「株式譲渡」といい、大きく分けて3つの方法があります。株式譲渡については、次章で詳しく解説します。
事業承継の実施
事業承継は、事業譲渡と株式譲渡に大別できます。
事業譲渡は、事業の全部または一部を譲り渡すことを指し、資産や負債、従業員の雇用関係などを個別に特定して引き継ぐことになります。検討事項が増えることで手続きが複雑になり、時間もかかります。
一方の株式譲渡は、株主が入れ替わるだけで、会社の体制に変更はありません。手続きがシンプルで現金化も早いことから、M&Aで好まれる事業承継の方法です。
株式譲渡の実施方法には、相続・贈与・売買の3種類があります。それぞれの内容を詳しく解説します。
一方の株式譲渡は、株主が入れ替わるだけで、会社の体制に変更はありません。手続きがシンプルで現金化も早いことから、M&Aで好まれる事業承継の方法です。
株式譲渡の実施方法には、相続・贈与・売買の3種類があります。それぞれの内容を詳しく解説します。
相続
相続税の基礎控除やその他控除(みなし相続財産など)が活用できるため、後継者の資金負担を抑えられる方法です。ただし、相続人が多いと株式が分散してしまう可能性があります。
贈与
贈与には、暦年課税と相続時精算課税の2種類があります。
暦年課税は、基礎控除が年間110万円のため、長期間の贈与が前提です。一方、相続時精算課税を利用すると、2,500万円分までは贈与税が非課税になります。しかし、最終的には相続税が課税されるため、先送りに過ぎないことは認識しておく必要があります。また、一度、相続時精算課税を選択すると、暦年課税に戻すことができないので注意しましょう。
売買
売買の場合、経営者には現金が入るメリットがありますが、後継者は資金を用意しなければなりません。また、経営者には譲渡所得税が課せられます。
事業承継の手続き前に知っておきたいこと
事業承継には多額の相続税がかかります。しかし、税の負担を減らす公的制度の活用や、自社株評価の引き下げなど、適切に対応することで負担を最小限に抑えられる可能性があります。
事業承継税制の活用
事業承継税制とは、相続税の納税を猶予・免除する制度です。事業承継によって後継者に多額の相続税がかかることが大きな問題となっており、それを解消する目的で定められたのが事業承継税制です。適用には条件があり、申請時だけでなく適用後も条件を満たし続けなければなりません。第一段階として納税が猶予され、さらに要件を満たすと免除される仕組みになっています。
自社株評価の引き下げ
自社株評価は、相続税の納税額に大きく影響します。自社株評価が高ければ、相続・贈与の税負担が大きくなるため、適切に引き下げることが大切です。ただし、M&Aなどの売買の場合は、自社株評価が高い方が有利になることもあります。
自社株評価についてさらに詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
>「円滑な事業承継のために知っておきたい株価算定|自社株評価の算出方法」
遺留分への対応
親族内承継で相続をする際に、遺留分侵害額請求が行われるケースがあります。「遺留分」とは、兄弟姉妹およびその子を除く相続人に、最低限の権利を保障するものです。後継者に集中して自社株式を承継させようとすると、ほかの推定相続人によって遺留分に相当する財産の返還を求められることがあります。
請求が行われた結果、株式の分散や、後継者が資金不足に陥るなどの問題が起きる可能性があります。トラブルを防止するためには、「除外合意」または「固定合意」を結ぶことが有効です。除外合意とは、後継者に贈与された自社株式を遺留分算定基礎財産から除外することに対する合意です。また固定合意とは、遺留分算定基礎財産に算入する価額を合意時の時価に固定することをいいます。ただし、いずれの場合も、相続人全員を説得する必要があります。
制限付き株式の発行
自社株式には、制限を設けることが可能です。それにより、経営を大きく左右する議決権をコントロールできます。議決権や財産権などに制限が付いた株式を「種類株式」といいます。
議決権制限株式 | 議決権に制限をかけた株式を後継者以外に相続させ、経営を後継者に集中する |
拒否権付種類株式 | 保有者は会社が定めた特定事項の決議にて、拒否権を有することが可能。現在の経営者が拒否権付き種類株式(黄金株)を一株でも保有し続けることで、後継者へほぼすべての自社株を譲渡し終えた後でも経営に対して 牽制できる |
種類株式を活用するには定款変更が必要となり、制度も複雑です。専門家を交えて充分に検討したうえで実行することが大切です。
後継者資金の調達
基本的に、「事業承継=自社株取得」となるため、後継者には資金力が必要です。役員報酬を増額して資金を準備するか、融資を受けましょう。詳しくは、日本政策金融公庫や中小企業庁のホームページをご覧ください。
事業承継の手続き前に知っておきたい相談先
ここまで解説したように、事業承継には検討が必要な項目が多く、制度も複雑であることから、自社での対応が難しいケースもあります。そのようなときは、事業承継について相談できる機関を活用しましょう。事業承継の手続きを始める前に知っておきたい相談先は次のとおりです。
専門家
事業承継には税務・法律・経営などが絡むため、専門知識が不可欠です。弁護士や税理士といった専門家に相談することで、不安な部分だけではなく、自分が気づかなかった問題もフォローしてもらえます。
公的機関
事業承継にまつわる問題を相談できる公的機関も数多くあります。具体的には、国が運営する「事業承継・引継ぎ支援センター」や、中小企業の相談窓口である「よろず支援拠点」、商工会議所などです。
日本政策金融公庫への相談を同時に行えることもあり、専門家による相談会も開催されています。
事業承継支援を行っている会社
事業承継のプロフェッショナルである支援会社に相談するのも選択肢のひとつです。自社株評価・M&Aなど、事業承継のあらゆる問題について、専門家チームに支援してもらえます。
ボルテックスでも事業承継に関するご相談を受け付けています。詳しくはこちらのフォームからお気軽にご連絡ください。
事業承継の手続きは事前準備が大切
ひとくちに事業承継といっても、誰に引き継ぐのかによって手続きの流れは大きく変わります。特に、M&Aの場合は手続き完了まで時間がかかるため、早めの着手が必要です。
事業承継は家族内の問題と考えてしまい、相談先もわからず、ひとりで悩んでいる中小企業の経営者も少なくありません。まずは専門家の手を借りて、事業承継の課題を棚卸しすることから始めてみてはいかがでしょうか。
※期待どおりの税務上の効果が得られない可能性があります。
※税制改正、その他税務的取り扱いの変更により効果が変動する場合があります。