貸しビル業とは|本業に連動しない収益を確保し企業財務安定化を実現
目次
貸しビル業は不動産賃貸業のひとつ
不動産賃貸業は次のふたつに大別されます。
- 貸家業
- 貸しビル業(貸事務所業)
このうち貸家業は、アパートやマンションなど住居を貸し出す事業です。一方の貸しビル業は、事務所や店舗を貸し出す事業です。
また貸しビルはテナントのタイプによって、以下のような種類に分かれます。
- オフィスビル
- 商業ビル
- 住居複合型ビル
- メディカルモール
貸しビル業は、安定性の高い事業形態と考えられており、経済産業省の第3次産業活動指数の統計でも2010年以降「10年以上にわたって上昇傾向が続いた」と特記されています。
また、貸しビル業を営むための免許や届出が不要で新規参入しやすいことも、本業のために保有していた事務所や倉庫、工場などから賃貸を始めた比較的歴史の長い企業が多くある一因と考えられます。
貸家業との異なる点
貸家業と比べると、次の2点は、貸しビル業の大きな魅力です。
- 解約予告から実際の退去まで6カ月程度の期間があるため次の入居者を探しやすい
- 退去時の原状回復費用はテナント負担が多く、オーナーにキャッシュアウトが生じにくい
オーナー側に有利な契約事項が多いのは貸しビル業だからといえるでしょう。
住居用物件に比べて築年数が経過しても賃料が下がりにくい点は経営上の安心材料といえます。
一方で、区分マンションと比べると、ビル取得にかかる初期コストが大きくなります。また融資金額が大きくなる影響から、金融機関の審査もビルの方が厳しいといわれます。
貸家業の約7割は個人、貸しビル業の約8割は法人が運営しているという総務省のデータもあります。初期のコスト負担が大きいものの、安定的な収益が期待できる貸しビル業の方が法人の経営には適しているといえるかもしれません。(出典:平成28年経済センサス|総務省)
貸しビル業を行うメリット
これまで不動産賃貸業を行ったことのない企業が、新たに貸しビル業を手掛けることはいわば新規事業を立ち上げるのと同義です。
貸しビル業を行うことによって、次のような効果が見込めるでしょう。
- 本業に連動しない資産を保有できる
- スムーズな事業承継に役立つ
- 売却可能なので、いざというときの備えになる
3つの点について順に詳しく解説します。
1.本業と連動しない資産の保有により事業が安定する
不動産賃貸業は本業と平行して行いやすいうえに、ほかの事業の影響を受けにくいビジネスです。市場環境などの外的要因によって本業が不振に陥っても、貸しビル業で収益を確保できる可能性があるのはリスクヘッジ策として有効だといえるでしょう。
バブル崩壊やリーマンショックの影響から、日本の経営者の間では不動産の保有はリスクの高いものと長く考えられてきましたが、現在は資産価値の高さから再び不動産保有の動きが広がっています。
2.スムーズな事業承継に役立つ
事業承継時にも、自社で保有する不動産が役立つ場合があります。
現金よりも不動産で相続する方が、相続税評価額が下がる傾向にあるため、相続する側が資金の準備に悩むリスクを軽減できるかもしれません。
経営規模を拡大してきた会社では、後継者が自社株取得にかかる費用を工面できずに承継が困難になる懸念もあります。そのため、ビル購入など不動産の取得によって会社の純資産額を減らし、相続しやすくする工夫も有効といえるでしょう。
>中小企業が抱える事業承継の課題|経営者と後継者で解決すべきこと
>自社株の相続と不動産戦略
3.売却可能なのでいざというときの備えになる
不動産を売却することによってキャッシュを得られるため、必要な場合は売却可能資産として本業外の優良な資産として活用することも可能です。
自社ビルで使用している場合でも、大手広告代理店の自社ビル売却事例でもあったように、
自社ビルを売却し、そのまま賃貸として入居し、使用するという「リースバック」という選択もあります。
賃貸としてそのままオフィスを利用することで、移転の必要もなくビジネスを継続することが可能です。
貸しビル業の注意点
経営安定化のサポートとなるうえ、優良な資産としても有効な貸しビル業ですが、注意点もあります。
- 空室リスクがある
- 修繕費用がかかる
- 税金がかかる
上記3点について解説します。
1. 空室リスクがある
空室が増えると、契約金や管理費・原状回復費用などの調整が必要になる懸念もあるでしょう。
空室リスクは不動産賃貸業全般でいえることですが、マンションなど居住用の物件に比べると、貸しビルは景気が影響しやすいといわれます。また商業ビルでは1室あたりの面積が大きいため、1契約が失われることのダメージも大きくなりやすい傾向にあります。
しかし、築年数が経過しても賃料をそのまま維持し、空室の懸念がないビルも数多くあります。
人気が高く借り手の見つかりやすい立地条件を選んだり、ビル管理会社にテナント募集の営業活動を依頼すればリスクの軽減が期待できます。
2. 貸主に修繕費用が発生する
ビルオーナーは、定期的な修繕を行う責任を負わなければなりません。
新築のビルでも10年前後で、下記のような修繕工事や設備の交換などが必要になります。
- 外壁塗装
- 屋上防水
- 壁面・床面の補修
- 給湯器や空調設備の交換
- 給排水管の洗浄・交換
- 金属部分(階段など)の鉄部塗装・防水加工
- 照明・電気のメンテナンス
- 避難・消化設備の更新
工事の足場を組むような大規模修繕工事では、建物の規模や設備によって数千万円~1億円程度の負担が一度に生じる可能性もあるでしょう。長期修繕計画を立てておき、修繕費を別に用意しておくことが重要です。
また経年劣化による破損、予期しない機器の故障などが起こると、ビルの保有者が修繕費用を負担します。計画的に行われる修繕工事以外にも、修繕費用が掛かる場合があります。
一方、テナントの専有部は、事前の取り決めにより原状回復費用も「入居者が負担する」と契約書に明記しておくと、オーナーの負担を減らすことにつながるでしょう。
3. 税金がかかる
ビルを保有すると利益を得られるだけではなく、購入時・保有時・売却時において税金の支払いも生じます。それぞれのタイミングでかかる税金としては、主に以下の項目があげられます。
税金がかかるタイミング | 税金の種類・計算方法 |
ビル購入時 | ・不動産取得税=固定資産税評価額×4% ・固定資産税清算金 =年間の固定資産税×ビル保有日数÷365 |
ビル保有時 | ・ 固定資産税=固定資産税評価額×標準税率(1.4%) |
ビル売却時 | ・譲渡所得税=譲渡益×税率(30%または15%) |
不動産取得税はビル購入時に一度だけかかる税金です。住居以外のビルであれば、一般的に「固定資産税評価額×4%」で計算されます。
固定資産税は、不動産を保有している限り毎年支払う税金で「固定資産税評価額×標準税率(1.4%)」で算出します。1月1日時点の不動産保有者に1年分の固定資産税がかかるため、初年度(購入時)は日割りで固定資産税清算金を支払うケースが多いです。
また、ビルを売却した際には、利益に対して譲渡所得税がかかります。「譲渡益×税率」で計算され、物件の所有期間が5年以下であれば税率は30%、5年超なら15%です。したがって、最低5年以上、ビルを保有したほうが売却時にメリットが生じるともいえるでしょう。
貸しビル業の始め方
貸しビル業を新たに始める際に、特別な資格や免許は不要なため、どのような企業でも挑戦するのは難しくありません。ただし管理業務などを不動産会社に任せる場合でも、オーナーとして知識や判断が求められる場面があります。
宅地建物取引士やファイナンシャルプランナーなど、不動産や資産に関する有資格者が社内にいるとよいですが、該当者がいない場合は、新規採用などにより知見のある人を社内へ引き入れるのもひとつの方法です。
ここではビルの購入からテナントの募集、物件管理の流れまでを解説します。
1. ビルを購入・建築する
貸しビル業を始めるにあたって、まずは予算を決めましょう。建物の購入費や維持管理費、ローンの金利を含めた支出額と賃料収入の見込みなどを盛り込んだ収支計画書、既存事業との兼ね合いも含んだ資金繰り計画などを作成します。
ビルを取得するには
- 売りビルを購入する
- 自社でビルを建築する
このふたつの方法があります。
売りビルの情報は不動産会社のホームページなどで検索でき、およその相場が分かります。
売買する際は、テナントビルや事務所に詳しい不動産会社を仲介役に選ぶとよいでしょう。
具体的な購入手順は次の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
>事業用不動産とは?メリット・デメリットと購入時の流れを解説
2. テナントを募集する
テナントを自社で探すのが困難な場合は、ビル管理会社や専門の募集会社に委託するのが一般的です。
業務の実績をよく確認して、募集の戦略を具体的に提案してくれる募集会社をパートナーに選ぶのがよいでしょう。
- オフィス賃貸情報サイトや情報誌への掲載
- 募集会社が保有する顧客リストへの営業
- 周辺企業へのチラシ配布、ポスティング
これらの代表的な募集方法を組みあわせて、テナントを集めていきます。
3. 物件の管理をする
多くのケースでは、不動産管理会社にビルの管理を依頼します。
設備の保守や点検、防災、警備などのほか、清掃などのメンテナンス業務や、テナントとの契約に関するやりとりを委託できます。
テナント募集や物件の管理を信頼できる専門会社に委託できれば、貸しビル経営は難しいことではありません。
ただ初めての企業にとっては、利益につながりやすい物件を探す段階から頭を悩ませることでしょう。貸しビル業に興味をもった段階で、早めにオフィス特化型の不動産会社への相談をおすすめします。
貸しビル業の投資対効果についての判断基準
貸しビル業への新規参入を検討するとき、資金繰りは可能か、また利回りはどの程度かによって投資価値を判断できます。
利回りは、満室を想定して年間家賃収入を計算すると高い値が算出されます。しかし、実際の空室率や諸経費(固定資産税、管理費、修繕積立金など)を含めなくては、リアリティのない数字になってしまうでしょう。
そこで「実質的な利回り=(年間家賃収入-ローン返済-諸経費)÷(購入価格+諸経費)」として計算します。
まずビルを丸ごと一棟購入して貸し出す場合を想定しましょう。
- 10億円のビルを、自社資金1億円で購入
- 年利2%で、20年ローン
- 満室になったときの年収1億5,000万円、空室率20%。諸経費は10%を想定
ローン返済後も考慮したうえでの利回りは5.1%です。ただし客付けに失敗して空室率が想定を上回ると、54%以上で利回りはマイナスになります。いかに客付けできるかが重要だといえるでしょう。
また、ビルを一棟まるごと買うのではなく、フロアで所有すると初期コストをおさえられます。
- ビルの一部のフロアを3億円、自社資金1億円で購入
- 年利2%で、20年ローン
- 賃料の年収3,000万円、空室率30%を想定
1フロアしかないので、先ほどよりも空室率を高めに設定した結果、返済後の利回りは2%でした。前者に比べて利回りは低くなるかもしれませんが、投資コストはおさえられます。
このように自社の予算や賃料の相場などからシミュレーションを行って、自社にとって貸しビル業が妥当なのかを検討するとよいでしょう。
貸しビルの「初期コストが大きすぎる」「見通しが不透明」などと判断する場合は、後者の例に取り上げた「区分所有」という選択肢も取れます。
ボルテックスの「区分所有オフィス」とは
貸しビル業には、賃料収入が安定的に得られるメリットがある一方で、空室や管理コストなどのリスクがあることについて解説しました。
この空室リスクを軽減するには、継続的に高い需要が見込まれる物件選びが重要です。しかし、ニーズが安定している人気エリアは相対的に高額で、ビル一棟を購入するには莫大な予算が必要です。
そこで注目されているのが、人気の高い都心のオフィスビルをフロアで分割する「区分所有オフィス」です。
今後も価格上昇が期待できる都心プライムエリアのオフィス購入という新たな形態として注目されています。一棟買いと比較すると、購入費用低く抑えることができます。
貸しビル業は本業以外で資産をもつ選択肢となる
購入したビルを賃貸することによって、本業以外にも収益を得ることが期待できます。純資産額を減らすことで、自社株の評価額が下がる可能性があるので事業承継時にも有効です。
安定的な収入を得るには、空室リスクが低い物件を見極める必要があります。それには、プロの力を借りながら、不動産や投資に関する知識を社内に蓄積していくのがよいでしょう。
まずは「自社が購入するのに適切な規模のビルはどのくらいの値段か」「収支のシミュレーションはどうなるか」などを、不動産会社と相談してみてはいかがでしょうか。