事業承継と事業譲渡の違いとは|従業員と後継者に最適な方法を解説
目次
事業の引継ぎ方法にはさまざまな方法があり、幅広い選択肢のなかから会社にとって最適な方法を選ぶことが大切です。なかでも事業承継と事業譲渡は、目的や効果は異なります。
事業承継と事業譲渡の違いを理解したうえで自社に適した方法を選択することが重要です。
本記事では、事業承継と事業譲渡の違いやメリット・デメリットについて解説していきます。経営者や後継者、従業員などの関係者が、納得できる選択肢を見つけるためにお役立てください。
事業承継と事業譲渡の違いとは
「事業承継」と「事業譲渡」という言葉は似ていますが、意味合いは異なります。
事業承継は経営者から後継者に会社を引き継ぐことを指し、事業譲渡は会社の事業のうち全部または一部を譲り渡すことを指します。
この章では、事業承継と事業譲渡の違いを解説します。
事業承継とは
事業承継とは、経営者から後継者に事業を引き継ぐことをいいます。事業承継では、会社が保有している「人」「資産」「知的資産」を確実に引き継ぐ必要があります。これらの資産は、今後の経営に欠かせないものであるため、会社にとって大切な手続です。
事業承継を行う際は、「誰に」「どのように」引き継ぐかを考え、より早い段階から計画を立てましょう。
事業承継についてさらに詳しく知りたい人は、こちらも参考にしてください。
事業譲渡とは
事業譲渡は、会社が行っている事業のうち全部または一部を譲り渡すことをいい、「事業売却」とも呼ばれています。事業譲渡で譲渡する資産は比較的自由に選択できます。例えば、事業単位ごとに譲渡することも可能なので、会社の経営権を維持し続けられるメリットがあります。
事業譲渡で譲渡できるもののうち、代表的なものは以下の5つがあげられます。
- 事業
- ブランド商標
- 人材
- 設備
- 施設
事業承継の方法
事業承継の方法のうち、代表的なものは以下のふたつです。
それぞれの方法の大まかな流れについてご説明します。
- 親族内承継・親族外承継
- M&A
親族内承継・親族外承継
親族内承継と親族外承継の事業承継の流れは同じです。
ステップ1:事業承継の必要性を認識する
まずは事業承継の仕組みと必要性を認識しなければ、準備に着手することはできません。
また、事業承継を行ううえで、広範囲の知識や経験が必要になってきます。トラブルを招く前に、支援機関に相談し、事業承継に向けた準備をしていきましょう。
ステップ2:経営状況・経営課題などの把握
事業承継をするためには、経営状況や経営課題、経営資源を見える化し、現状把握が必要です。
現状把握は、経営者自ら取り組むことも可能ですが、身近な専門家や金融機関に協力を求めたほうがより効率的に取り組むことができるでしょう。
ステップ3:会社の魅力の磨き上げ
承継前に経営改善を行い、後継者が後を継ぎたくなるような経営状態まで引き上げておくことが円滑な承継につながります。
ステップ4:事業承継計画の策定
事業承継計画は、経営者と後継者のやるべきことを整理することができ、金融機関や取引先へ共有すると、信頼関係を築くことも期待できます。
ステップ5:事業承継の実行
これまで行ってきたステップで把握できた課題を解消しながら、事業承継計画に沿って資産の移転や経営権を後継者に引き継ぎます。
M&Aによる第三者への承継
親族や従業員など身近に後継者候補がいない場合は、M&Aで第三者へ承継する方法があります。
ステップ1:意思決定
M&Aを自力で進めていくのは困難なことが多いので、必要に応じて支援機関に相談しつつ、M&Aを実行すべきかどうかについての意思決定を行います。
ステップ2:仲介者の選定
仲介機関とアドバイザー契約やコンサルティング契約を締結し、手続を進めます。
ステップ3:企業価値評価をする
仲介者や士業などの専門家が、譲渡側経営者との面談や提出資料、現地調査に基づいて譲渡側の企業の評価を行います。
ステップ4:譲受側の選定
M&Aにおいて、「相手探し」であるマッチングは、特に重要な工程です。
ステップ5:交渉
譲受側を選定したあとは、譲渡側・譲受側の経営者同士の面談を行います。ここでは譲受側の経営理念・企業文化や経営者の人間性を直接確認します。その後の円滑な交渉のためにも重要となります。
ステップ6:基本合意の締結
その時点における譲渡側・譲受側の主な了解事項を確認する目的で、基本合意を締結します。
ステップ7:デュー・ディリジェンス
主に譲受側が、譲渡側の財務・法務・ビジネス・税務などの実態について、専門家を活用して調査を行います。
ステップ8:最終契約の締結
デュー・ディリジェンスで発見された点について再交渉を行い、最終的な契約を締結します。
ステップ9:M&Aの実行
株式や事業の譲渡、譲渡代金の支払いを行います。
事業譲渡の方法
事業譲渡には、「全部譲渡」と「一部譲渡」があります。
会社が営むすべての事業を譲渡することを全部譲渡、一部の事業だけを譲渡することを一部譲渡といいます。
ここでは、事業譲渡の流れを解説します。
1. 取締役会の承認
事業譲渡契約締結に関して、取締役会で承認を得る必要があります。
取締役会での決議は、取締役の過半数以上の承認が必要です。
2. 事業譲渡契約書の締結
売り手企業と買い手企業の条件交渉が進んで合意を得られたら、事業譲渡契約書を締結します。
契約書には以下の内容を記載します。
- 譲渡対象事業部門
- 譲渡資産
- 譲渡価格および支払い方法
- 効力発生日
- 従業員の取り扱い
- 競業避止義務
- その他特約事項
3. 株主への通知・公告
事業譲渡する会社は、事業譲渡を実施する内容や株主総会を開催する内容を株主に対して、効力発生日の20日前までに通知します。
反対株主は会社に対して買取請求権(保有株式を買い取ることを会社に請求できる権利)があることを周知させなければなりません。
4. 株主総会招集手続
各株主に対し、原則として株主総会の2週間前までに招集通知を発送する必要があります。
5. 株主総会
事業譲渡を行う当事会社は、効力発生日の前日までに株主総会の特別決議で事業譲渡契約の承認を受ける必要があります。
議決権の過半数以上を持つ株主が出席をし、2/3以上の同意を得られれば事業譲渡が承認されます。
事業承継のメリット
この章では、事業承継のメリットを解説します。
- 従業員の雇用を守りやすい
- 取引先の理解を得やすい
- 手続が複雑ではない
- 事業承継税制を使える
従業員の雇用を守りやすい
事業承継の場合、基本的に従来と同じ条件で従業員の雇用契約は継続するので、従業員の雇用を守りやすいメリットがあります。
一方、事業譲渡は雇用契約を引き継げないため、新たに雇用契約を巻き直す必要があり、譲渡企業と譲受企業では給与や労働時間、休日などの労働条件が異なるケースが一般的です。
今までの労働条件と異なるため、最悪の場合は従業員の離職につながるケースも考えられます。
事業承継は従業員の雇用を守りやすいので、安心して働き続けられるでしょう。
取引先の理解を得やすい
社名や社風などを変えることなく承継できるため、取引先や顧客に受け入れてもらいやすいです。
社名を変更することでこれまで培われた企業イメージが変化する恐れがあり、取引先の理解を得られなければ、契約が打ち切りになるリスクも考えられます。
なかには、企業自体への認知度の高さや信頼から取引を行っている企業もあるでしょう。
事業承継では社名が唐突に変わることはないので、取引先の理解を得やすいといえます。
手続が複雑ではない
事業承継は、株式譲渡と変わらず所有者が移転するだけなので、手続が複雑ではありません。
一方、事業譲渡は事業を他社に売却するので、取引先との業務委託契約や雇用関係の移転といった多くの手続を行わなければなりません。
事業承継では、このような手続がなく、会社が保有する資産や許認可など全般的に承継するので、手続を簡略化できることが一般的です。
事業承継税制を使える
事業承継税制とは、事業承継の際に発生する相続税や贈与税の納税猶予・免除を受けられる制度です。
事業承継では後継者にかかる贈与税や相続税が、円滑な承継の妨げになることがあります。しかし、事業承継税制の活用にすると、贈与税や相続税の納税資金を準備せずに済むので、後継者の負担が軽減されます。事業承継税制は、親族以外の後継者でも適用可能です。
事業承継のデメリット
事業承継のデメリットの代表例は下記のふたつです。
- 条件に合う承継先を見つけにくい
- 負債も引き継がなければならない
条件に合う承継先を見つけにくい
社内に後継者候補がいないときはM&Aの活用もできますが、お互いの条件が合わなければ成立しません。
売買価格や従業員の雇用など希望の条件に合う承継先を見つけにくいため、条件次第では長期化するおそれがあります。
すべての希望条件を満たすことが難しいときには、譲渡企業・譲受企業の希望条件に近付けるよう交渉していくことが必要となります。
負債も引き継がなければならない
事業承継では、会社全体を承継するため、負債もまとめて引き継がなければなりません。一方、事業譲渡の場合は、売りたい事業のみを譲渡でき、負債を引き継がないことも可能です。
譲受企業は、会社の負債と収益性・資産を考慮したうえで、検討しましょう。
事業譲渡のメリット
この章では、事業譲渡のメリットを解説します。
- 特定の事業のみを売却できるため譲渡先を見つけやすい
- 会社を存続できる
- 売却益を得られる
特定の事業のみを売却できるため譲渡先を見つけやすい
事業譲渡は特定の事業のみ売却できるので、負債を抱えている事業と切り離せば譲渡先が見つけやすいのがメリットです。
事業承継では、負債も合わせて引き継ぐことになるので、譲渡先が見つかりにくい場合があります。
事業承継では譲渡先が見つからない状況であっても事業譲渡であれば譲渡できるケースもあります。
会社を存続できる
事業譲渡は、特定の事業のみを売却するため、継続したい事業については、経営権を失うことがありません。
一部の事業を売却して残した事業に集中したい場合や、先代から引き継いだ会社を継続したい場合にも事業譲渡は適した方法です。
売却益を得られる
事業売却では、売却益が得られます。
売却によって得た利益で新規事業を起こしたり、借入金を返済したりすることができるので、経営改善にもつなげられます。
事業譲渡のデメリット
こちらでは、事業譲渡のデメリットを解説します。
- 手続には時間と手間がかかる
- 売却益には法人税がかかる
- 競業避止義務により同じ事業ができない
手続には時間と手間がかかる
事業譲渡は手続が煩雑となり、時間と手間がかかります。
譲渡範囲に含まれる事業に関わる従業員や取引先、債権者などに対して、個別の同意が必要です。あらかじめ関係者に同意を得ておくことで、手続を円滑に進められるでしょう。
売却益には法人税がかかる
事業売却で利益が出た場合、譲渡側に法人税が課税されます。ただし、売却して受け取った利益すべてに法人税が課税されるわけではありません。
売却益から株式の取得にかかった取得費と仲介手数料などの売却するためにかかった譲渡費用を差し引いた譲渡益に課税されます。他事業で赤字がある場合や青色繰越欠損金がある場合は、譲渡益と相殺できるので必ずしも法人税が課税されるわけではありません。
競業避止義務により同じ事業ができない
事業譲渡における競業避止義務とは、譲渡企業は譲渡後一定期間において競合する事業を行わないように義務を課すことをいいます。
事業譲渡が行われた後、これまで譲渡企業が培ったノウハウを活用して類似事業を開始すると、譲受企業の売上減少につながるため競合避止義務を締結することが一般的です。
事業譲渡の競合避止義務の期間は原則20年間とされており、譲渡企業と譲受企業の交渉により期間の延長・短縮は可能です。
そのほかの承継方法について
これまでご説明をした承継方法以外にも下記ふたつのような承継方法もあります。
- 会社分割
- 株式譲渡
会社分割とは
会社分割とは、事業の一部を子会社または兄弟会社として切り出し、一方の会社をほかの会社に承継させることをいいます。
会社の不採算事業を切り出すことによって事業のスリム化が図れ、会社のいい部分のみを残せるので、得意分野と苦手分野を明確にした事業の選択と集中が可能です。なお、事業譲渡は取引先や契約先の同意が必要ですが、会社分割はすべての契約を引き継ぐことができるので個別の手続が不要です。
会社分割を詳しく知りたい人は、こちらの記事を参考にしてください。
「会社分割による事業承継の方法|メリットデメリットと流れをわかりやすく解説」
株式譲渡とは
株式譲渡とは、譲渡企業の経営者が保有している株式を譲受企業に譲渡し、子会社化する方法です。法人自体を譲渡するので、保有する資産や負債、知的財産、許認可などはそのまま引き継ぐことができます。
株式と金銭のやり取りだけで事業のすべてを引き受けることができ、非常に簡便であることからM&Aで活用されています。
事業承継と事業譲渡で迷ったときは専門家への相談がおすすめ
本記事では、事業承継と事業譲渡の特徴やメリット・デメリットを解説しました。
どの選択が会社にとって最良なのかは状況に応じて異なります。経営者は、事業承継と事業譲渡の違いを理解し、自社が納得できる選択肢を見つけるための準備を進めていく必要があります。
「引き継ぐべき事業とは何か」「何をどのように引き継がせていくとよいか」と悩まれる経営者が多いのが現状です。
誰へ・どのように事業を承継、譲渡するかは、税理士など事業承継に関する専門家へ相談することをおすすめします。
※期待どおりの税務上の効果が得られない可能性があります。
※税制改正、その他税務的取り扱いの変更により効果が変動する場合があります。