突っ張り棒で実現する暮らしのイノベーション【平安伸銅工業 株式会社 竹内 香予子氏】

目次

壁や天井を傷つけずに済む突っ張り棒は、手軽に収納スペースを広げるアイデア商品として広く利用されてきました。そのパイオニアとして知られる平安伸銅工業株式会社では、現在も業界最大手として、年間約200万本の商品を出荷しています。また、従来の商品イメージを一新するようなデザイン性の高い商品を開発し、新たなユーザーの獲得にも成功しました。新聞記者から転職し、2015年に3代目の社長に就任した竹内香予子氏に挑戦の経緯と苦労を伺いました。

お話を聞いた方

竹内 香予子氏たけうち かよこ

平安伸銅工業 株式会社 代表取締役

1982年、兵庫県宝塚市生まれ。2006年、同志社大学を卒業。同年、株式会社産業経済新聞社(産経新聞社)に入社し、記者として警察、行政の取材を担当。2010年、祖父の笹井達二氏が創業した平安伸銅工業株式会社に入社。翌年、取締役。2015年、父の笹井康雄氏から事業を承継し、代表取締役に就任。整理収納アドバイザーや防災士の資格を生かし、SNSなどを通じて「つっぱり棒博士」としても情報発信に取り組む。2026年4月より大阪経済大学経営学部客員教授も務める。
https://www.heianshindo.co.jp/

最盛期の3割に減少した売り上げ

1975年、私の祖父である初代社長の笹井達二は、アメリカでシャワーカーテンを吊り下げるために使われていたテンションポールにヒントを得て、新たに用途を提案、開発した商品を「突っ張り棒」と名付けて発売しました。

新製品の「極ピタ」は耐荷重最大20kg。従来製品の倍の強度を誇る

突っ張るだけなら壁や天井、床を傷つけずに済むため、賃貸物件でも気軽に収納空間を拡張することができます。ホームセンターが増えるにつれて、住環境を改善するアイデア商品として社会的な認知も高まり、市場の拡大とともに私たちの事業も成長しました。

しかし1995年をピークとして、業績は徐々に悪化しました。市場の飽和と激しい価格競争による収益率の低下が、その主な要因です。もっとも、ネジ止めという汎用化された技術を応用したシンプルな商品ですから、参入障壁は低く、いずれ価格競争に陥ることは予想されていました。生産拠点をいち早く海外へ移すなど、当初から先代である私の父は事業の合理化を推し進めていたようです。おかげで、パイオニアとしての存在感は維持されたものの、業績の縮小傾向からは逃れられませんでした。私が入社した2010年には、売り上げが最盛期の48億円から約3分の1にまで減少していました。

行き詰まる娘を突き放した父

家業とはいえ、新聞記者だった私に業務知識はほとんどありませんでしたが、開発、営業、物流、総務と、社業をひと通り眺めてみると、私にも業績不振の理由がわかるような気がしました。ユーザーの声を商品開発に生かす仕組みが整っていなかったからです。せめて、長い間、更新されていないパッケージのデザインだけでも変えてみてはどうかと社内に提案してみましたが、リスクが高いとして反対する声が多数を占めました。

入社して1年くらい経つと、体調を崩した先代が療養に専念しなければならなくなり、私は会社の意思決定に携わるようになりました。内心、不安を感じましたが、一方で私は業務全般を刷新するチャンスでもあると、前向きに受け止めました。社内に協力者を求めつつ、情報発信に努めることで商品の訴求力を高めて、業績の回復を目指そうと決意しました。

ところが、そうした私の意気込みは空回りすることになります。当時の私は自分の立場や周囲の視線を冷静に捉えることができなかったのでしょう。後継者らしく振る舞わなければならないと気負うばかりで、時には社員に高圧的とも思える態度で臨むこともありました。

社内に協力者を探しても、何かと温度差を感じることが多く、周囲から浮き上がってしまった私に目線を合わせようとする人はいません。それでも、この人ならと見込んだ社員に私が期待を伝えると、自分には荷が重いと辞退される始末。そうするうち求心力を失い始めた組織に見切りをつけて、退職する人も現れました。その頃の私は心身ともに疲弊して、誰もいない事務所でパソコンに向かいながら、自然と涙があふれてくる日もありました。

思い余った私は療養中の父にアドバイスを求めました。ところが、父は厳しい表情で私を見つめながら、

「自分がやると決めたのなら、俺に弱音を吐くな」

と、私を突き放しました。この一言でようやく経営者としての立場を自覚させられ、それ以降、私は他責思考を厳しく戒めるようになりました。

挑戦的な取り組みで暮らしに新たな価値を提供

この経験で私が切実に感じたのは、とにかく私自身が成長しない限り、事態は好転しないということ。自力で課題を解決する意志の希薄な経営者に、手を差し伸べる人はいないでしょう。覚悟を決めて、私は、大学の社会人講座を受講して、経営学を学び始めました。

さらに、挑戦的な取り組みに向けた一歩を踏み出しました。クリエイターやデザイナーの協力を得て、インテリアとしても魅力ある実用的な商品の開発を目標に掲げたのです。というのも、家業を手伝い始めた頃、大学時代の友人から「自分も突っ張り棒を使ってるよ。ただ、なるべく視界に入らないように設置する場所には気をつけている」と言われたことがありました。商品の垢抜けないデザインが好きになれない、と。友人は「なんとかしてよ」と私にデザインの見直しを求めてきました。

このときの様子を鮮明に覚えているのは、私も同じ不満を感じていたからです。前述のとおり、パッケージデザインの変更は一度は社内で却下されましたが、「魅力ある実用的な商品の開発」のため、資金を捻出しようと考えました。連日、帳簿を精査し、業務を徹底的に見直しました。そうしてコストを切り詰めて、手元に残った500万円ほどの資金が商品開発の原資となりました。その挑戦が、後の新ブランドへつながっています。

現在、平安伸銅工業では未経験者でも気軽にDIYが楽しめるパーツブランドの「LABRICO(ラブリコ)」と突っ張り棒の「再定義」に挑んだ「DRAW A LINE(ドローアライン)」というインテリアブランドを展開しています。いずれも発展途上ですが、おかげさまで両者を合わせれば売り上げの2割程度を占めるまでに成長し、新たな事業の柱となりつつあります。それは、これらの商品を通じて私たちが提案する暮らしのあり方が、一定の評価をいただいた結果なのではないかと考えています。

実は、平安伸銅工業は創業以来、つねに「豊かな暮らし」を提案してきました。創業者である祖父は、押出成形による銅加工の町工場ながら、他社に先駆けてアメリカからアルミサッシを輸入し、高度経済成長期の住宅の品質向上に貢献しました。父は、突っ張り棒の普及を通じて、住環境の改善に尽力しました。そして、2015年、私は3代目の社長に就任しました。

今、求められる「豊かな暮らし」とは──?

就任以来、私はそう問いかけられているような気がします。作る製品は変わっても、祖父と父に続いて、私もイノベーションにつながる価値を提供し、お客様に平安な暮らしを届けたいと思います。

[編集]株式会社ボルテックスコーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社

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