水という地域資源を生かし、世界が評価する日本酒を造る【株式会社瀬戸酒造店 代表取締役 森隆信氏】

目次

廃業の危機にあった老舗酒蔵を、創業家に代わってコンサルタントが見事に再生――。1865(慶応元)年創業の瀬戸酒造店をよみがえらせた森隆信代表は、2017年に橋梁設計者というまったくの異業種から酒造りの世界に飛び込みました。未経験からのチャレンジがなぜ実を結んだのか?内外で日本酒の注目度が高まりつつある中、描いた事業戦略は?再建の物語を伺いました。

お話を聞いた方

森 隆信 氏もり たかのぶ

株式会社瀬戸酒造店 代表取締役

長崎県出身。九州工業大学工学部卒業。建設コンサルタントである株式会社オリエンタルコンサルタンツに所属し、道路、橋梁の調査・計画・設計に15年従事。その後、経営戦略、新規事業開発、震災復興の役職を歴任し、官民連携事業のアドバイザーおよび地方創生事業の実施責任者となる。2017年から株式会社瀬戸酒造店の代表取締役と、築300年の古民家「あしがり郷 瀬戸屋敷」の館長として、開成町の地域活性化事業に尽力する。
https://setosyuzo.ashigarigo.com

再生の出発点は「おいしい水」

私が神奈川県の開成町を初めて訪れたのは2015年のこと。元町長から「35年間、自家醸造を中止していた酒蔵を再生してほしい」という依頼を受けてのことでした。そもそも私は、建設コンサルティング会社であるオリエンタルコンサルタンツで橋梁の設計者をしていましたが、会社の新規事業として取り組み始めた地方創生事業の一環として、酒蔵再生に携わることになったのです。現地に行ってみると、農地が広がり至る所に水路が張り巡らされていて、吹く風がとても心地よい。「気持ちのいい町だな」というのが第一印象でした。

当初はコンサルティングとして関わっていました。しかし、その立場では最終的な意思決定や価値創出に対して責任を持ちきれないという限界を感じました。そこで、オリエンタルコンサルタンツが出資・子会社化する形で経営そのものを担うことを提案したのです。以来、私は経営責任者としてこの酒蔵に常駐しています。

酒造りに関してはまったくの素人でした。ただ、酒造りには「いい水」が必要であることはわかっていました。開成町を流れる酒匂川は、富士山と丹沢山地の伏流水を水源としています。町の水道水は地下80メートルから汲み上げていて、実際に飲んでみるととてもおいしい。ゼロから「いい水」を作り出すことはできませんが、「いい水」を「いい酒」に変換することはできるのではないか──そんな根拠のない自信からのスタートでした。

世界基準の品質で日本酒市場に参入

醸造所の建て替えから杜氏の募集、酵母をどうするかなど、課題は山積みでしたが、一つひとつ手探りで取り組んでいきました。最初の壁は、杜氏がなかなか来なかったこと。ダメ元でハローワークに求人を出すと、1人だけ応募がありました。それが今も一緒に働いている小林幸雄杜氏です。私に酒造りの経験がないこと自体は、本質的な問題ではありません。醸造、ブランディング、デザイン、販売など、各領域を横断した「全体最適」を実現する。それが私の役割だと考えていました。

各領域には、それぞれのプロフェッショナルがいます。その人たちをリスペクトし、その力を最大限発揮してもらうことに徹しました。それは単に「現場任せにする」ということではありません。心がけたのは、プロフェッショナルとしての彼らの言葉を理解することです。当然、初めは浅い理解でしたが、対話を重ねるうちに次第に理解が深まっていきました。すると、彼らの悩みもわかるようになり、同時にこちらの意図や要望も伝わるようになっていったのです。

例えば杜氏には「酒造りで一番大事なことは何ですか」といった質問をして、そのために必要な設備や条件を整えることから始めました。その過程で私から実現してほしいイメージを伝え、それにふさわしいネーミングやデザインを用意していきました。

日本酒市場は一見ブームのように見えますが、実態としては供給過多の側面もあり、単純な価格や品質で競争しても持続性がありません。そこで私たちは、商品単体で勝負するのではなく、「どのようなシーンで、どのような価値として選ばれるか」という視点で商品を設計しました。例えば、一人でしんみりと飲みたいのか、懐かしい仲間とともに楽しく飲みたいのか。それに合わせてネーミングやパッケージを作り込んでいます。

飛躍の契機になったのが海外コンクールでの入賞です。もともとは自分たちの商品に対する客観的な評価がほしいと思って出品したのです。その結果、イギリスで開催されたInternational Wine Challenge 2019でシルバーメダルを、フランスで開催されたKuraMaster2019では最高賞のプラチナ賞を受賞しました。以来毎年出品を続け、受賞を重ねています。

海外の品評会では、知名度や酒蔵の規模に左右されることがありません。ストレートに味だけで勝負ができる。そんなところが新参者の私たちにはぴったりでした。

受賞をきっかけに、私たちの取るべき道が見えてきました。つまり、私たちが評価される海外で勝負し、その実績を持って国内でも浸透を図るということです。そこで、フランス各地のレストランを取材訪問し、トップシェフたちにワインと当社の日本酒を飲み比べてもらいました。すると、当社の日本酒はワインにけっして引けを取らないし、むしろ料理によっては素材の味をより引き立てるという評価をいただきました。また、フランス版ミシュランガイドで日本人初の三つ星を獲得した小林圭シェフのパリのレストランでは、和食の要素を取り入れたフランス料理に最も合うお酒として、当社の日本酒が一番よく飲まれているということです。

こうして次第に日本国内でも当社の日本酒が知られるようになり、さまざまな品評会で受賞。2024年には世界酒蔵ランキングで8位を獲得しています。

価値を創出するのが企業の役割

開成町は神奈川県で最も小さい町ですが、人口は増えています。住みやすさと田園風景が両立しており、「移住したい街ランキング」「住み続けたい街ランキング」でも上位に入っています。ただ、住む人が自分の町を誇りに思っているかという点では、少し物足りなさを感じます。町の美点が住む人にとっては当たり前になっていて、特に誇れるものとは思われていないようです。

でも、ここにはすばらしい水があり、その水で造られた日本酒が世界で高く評価されている。こうした事実を積み重ねることで、地域に対する愛着や誇りが生まれ、シビックプライドにもつながっていくはずです。実際、コンクールで受賞してから、地域の人の当社を見る目が変わりました。手土産や贈り物として購入してくださる方も増えています。

この酒蔵再生のプロジェクトは、地方創生の取り組みの一環でもありました。それぞれの地域には、それぞれの地域資源があるはずです。大事なことは「資源」を「価値」に変換することです。そして、その役割を担っているのが企業なのです。

開成町で生まれ育った子どもたちが、瀬戸酒造店を地域のシンボルだと思い、自分たちの町を誇りに思う。そして、この地域で生きていくことを選択する──そんな未来を目標に、当社はさらなる価値の深化に取り組んでいくつもりです。

[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社

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