不動産の価値向上に不可欠な
「耐震化」への備え方
耐震診断を受け、被害リスクを把握する

目次
2024年1月に起きた能登半島地震から約1年が経つ今、震災の備えについて改めて考えることが求められています。首都圏においても将来、直下型地震が起きる可能性は否定できず、大規模災害への警戒や対策も必要です。ビルを所有するオーナーや企業経営者は、不動産の価値向上やBCP(事業継続計画)の観点から建物の耐震化・強靭化にどう対応すべきでしょうか。東京・丸の内エリアをはじめ数多くの建物の耐震診断・改修を手がける株式会社三菱地所設計の海老澤渉氏にお話を伺いました。
建築基準法以上の耐震性能の確保が必要
── 三菱地所設計では建物の新築だけでなく耐震診断・改修も手がけているそうですね。
メインは新築の設計ですが、時には既存ビルのオーナーから「このまま使い続けて大丈夫か」とご相談をいただくこともあり、学校から商業施設、高層ビルまで大小さまざまな建物の耐震診断・耐震改修を手がけています。これまでに耐震診断を行った建物は1,000棟以上に上ります。
── 大地震を想定した場合、建物の被害リスクをどう把握すればよいでしょうか。
建物のタイプや規模にもよりますが、大きくいうと、まず1981年に「新耐震設計法」が施行される以前の、旧耐震基準に基づいて設計された建物は倒壊の危険性が極めて高く、耐震改修促進法によって耐震診断・改修の努力義務が定められています(図表)。

これに対して、新耐震基準に基づいて設計された建物は倒壊の可能性が大幅に低くなると考えられますが、あくまで「倒壊しない」だけであり、「大破」と呼ばれる柱や壁などが大きく変形する被害は許容されている点に注意が必要です。つまり、建物内にいる人がなんとか生き延びられることが第1の目標になっているのです。
事業継続の観点から、仮に震度7クラスの大地震が来た場合でも、建物を無被害または軽微な損傷に抑えたいのであれば、建築基準法上の耐震基準よりも高い耐震性能を確保する必要があります。具体的に言うと、官公庁舎など防災拠点となる建物は耐震基準の1.5倍、公立学校など避難所に指定されている建物は1.25倍にするよう、それぞれの基準で定められています。
また、阪神・淡路大震災ではテレビやパソコンなどの設備・備品の落下や倒れによる人的被害が深刻化しました。東日本大震災では内装や外装が剥落し、天井が崩落するなどの被害がクローズアップされました。被害リスクを正しく把握するには、建物だけでなく家具や備品、内外装などにも目を向ける必要があります。
歴史的建造物の保存・復元にも最新の耐震技術を採用
── 三菱地所設計では、具体的にどのような耐震改修を行っているのでしょうか。
まず建物のレベルに応じた耐震診断を行い、被害リスクを把握したうえで、ビルオーナーに、大地震が起こった際にどの程度の損傷レベルに抑えるかをヒアリングし、要求される耐震性能と予算に応じて補強設計・改修工事のご提案をします。
耐震性能を改善する方法には、耐震壁や鉄骨ブレースなどを増設して強度を上げる、鉄板や炭素繊維を巻いて柱などの靭性(粘り強さ)を高める、被害が予想される柱や壁を耐震スリットで補強し損傷集中を回避するなどさまざまなアプローチがあります。また、建物の揺れは地盤の揺れの加速度に応じて増幅するので、制震壁やオイルダンパーなどを入れることで揺れ自体を吸収する「制震補強」もあります。
こうした改修はもちろん、新築設計においても最新の耐震技術の開発・導入を図っています。2023年に竣工した「田町タワー」には、地下2階から地上5階のコア部分の周囲に制振装置を集中配置し「芯棒型制振」とすることで高い耐震性能を確保しています。2028年に竣工予定の「Torch Tower」には、建物全体を殻のように包み込むアウトブレースを利用した外殻制振構造を採用し、地震時の揺れを大幅に低減します。
── 地域によっては、古い街並みや歴史的建造物など地域の美観を残すことと、地震に強いまちづくりとの両立も課題となります。
その相反するところをいかに成立させられるかに、私たち設計事務所の技術力とデザイン力が問われます。当社では「継承設計」をコンセプトに歴史的建造物の保存、復元などの再開発プロジェクトを数多く手がけていますが、その中にもさまざまな耐震改修の技術を採り入れています。
1894年に丸の内最初のオフィスビルとして竣工した「三菱一号館」の復元(2009年)では当時の煉瓦造建築を忠実に再現していますが、それだけでは耐震性能を満たせないので「免震レトロフィット」という免震構造技術を導入しています。この技術は旧東京中央郵便局舎を部分保存した商業施設「KITTE丸の内」や、「慶應義塾大学図書館旧館」の改修プロジェクトなどにも採用しています。
耐震化にも寄与する木材活用の可能性
── 三菱地所設計が属する三菱地所グループでは、建造物における木材活用も推進しているそうですね。
三菱地所は、2016年から木造化・木質化を推進し、CLT(直交集成板)をはじめとする木材を活用した建築物を多く手がけてまいりました。今日では技術革新も進み、建築基準法上は階数の上限規制もなくなったことで、国内でも木造化・木質化の事例は少しずつ増えています。2028年に竣工予定の「東京海上グループ 新・本店ビル」の建て替えプロジェクトでは、「木の本店ビル」を目指し、構造部材である柱・床に国産木材をふんだんに用いています。
近年では、サステイナビリティーの観点からも建物の木造化・木質化への関心は高まっています。木材は成長過程でCO2を吸収し、また木材自体に炭素を固着させる機能があるので、いわば“都市の中に森をつくる”ような効果が期待できます。
また、例えば上層階1層分だけでもRC造(鉄筋コンクリート)から木造に切り替えるだけで建物全体の荷重を大幅に削減できるので、実は木材活用は耐震化の面でも大きなメリットがあります。スウェーデンなど北欧では鉄骨造・RC造と木造を組み合わせた改修事例が増えています。
── 首都直下型地震の切迫性が高まる中、都心に建物を構えるビルオーナーにはどんな備えが求められるでしょうか。
繰り返しますが、1981年以降の新耐震基準は「倒壊しない」という必要最小限のレベルを定めているにすぎません。まずは耐震診断を受け、被害リスクを正確に把握することが耐震化への備えの第一歩となります。
とくにテナントビルのオーナーにとっては、安全性を高める耐震改修はビルの付加価値を向上するための投資でもあります。各テナントに「この建物に居続けても大丈夫です」と自信をもって言えるようにすることが大事ではないでしょうか。
[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社
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