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事業用不動産の未来~価格をとおして見る物件の価値を決める条件(後編)

目次

株式会社ボルテックス主席研究員の安田です。前編「価格決定の基本要素」、中編「価格のシグナリング機能」という内容に続き、今回の後編では、AI(人工知能)がオフィスビルに果たす役割という観点から、不動産に求められる持続可能性と投資価値の関係について考察していきます。

1. 外部性の内部化理論とAI

不動産市場における「価格」は、単に取引の結果を示すものではなく、市場に影響を与え、未来を予測する重要な指標です。近年、不動産の持続可能性とその技術が不動産価格に大きな影響を与えるようになってきました。そのような状況下、AI技術はエネルギー管理の最適化、建物運用の効率化、投資リスクの管理といった分野で活躍し、事業用不動産の価値を新たな次元へと導いています。

1-1 外部性の内部化理論とは?

生産や消費といった経済活動は、ときに直接関係のない人々や社会全体に思いがけない影響を及ぼすことがあります。このような影響を「外部性」と呼び、通常その活動を行う企業や主体が直接管理しないため、社会全体がその影響を負担することになります。例えば大規模なオフィスビルが大量のエネルギーを消費して温室効果ガスを排出した場合、周囲の環境やコミュニティに大きな負担を掛けます。こうした環境影響は深刻な負の影響を及ぼしますが、従来そのコストはオフィスビルの価格等には反映されていません。

そこで、これらの外部的な影響を市場において適正に評価し、商品やサービスの価格に反映させる取り組みが「外部性の内部化」です。炭素税といった、企業などが排出する二酸化炭素(CO2)に価格を付けるカーボンプライシングは、外部性を内部化する典型的な手段であり、これにより企業は自らが排出する温室効果ガスへのコストを負担しなくてはならなくなるため、より環境に優しい持続可能な運営を行うためのインセンティブを得ることになるのです。

この「外部性の内部化」は不動産業界においても重要な課題であり、持続可能性への取り組みが適切に価格に反映されれば、建物の市場価値を向上させることに繋がり、投資家にとっても“環境に配慮した物件である”という魅力的な投資価値を生じさせるのです。

こうした「外部性の内部化」を実現するためには、まず外部性を適切に測定し、それを不動産価格に組み込む仕組みが必要となりますが、ここでAI技術が大きな役割を果たします。その意義は、エネルギー消費や環境負荷を削減することに留まらず、不動産運営における財務パフォーマンスの向上に寄与することにもあります。特に最近では、持続可能性と財務パフォーマンスの結びつきは一層強まってきており、建物を運営する際にAIが活用されることで、資産価値が高くなると見込まれています。

1-2 AIの役割:オフィスビルにおける外部性の可視化と最適化

外部性の内部化という観点から、AIがオフィスビル運営においてどのように活躍するかご紹介します。

まずは、エネルギー消費や環境負荷の削減について見てみましょう。エネルギー消費度合いや二酸化炭素排出などの環境に対する影響を可視化するため、物件にセンサーやIoTデバイスが取り付けられ、膨大なデータを定量的に収集・解析します。その後、建物のエネルギーシステムを最適化して効率的に制御することで、エネルギー消費量や環境負荷を削減し、持続的な運営を図ることができます。

具体的な事例をあげると、BrainBox AI社は、商業ビルのHVAC(暖房・換気・空調, Heating Ventilation Air Conditioning)システムにAIを導入し、エネルギー消費を最適化しています。同社の技術は、建物内のデータ(湿度、換気率、ボイラーの給水温度など)をリアルタイムで監視し、予測モデルを用いて効率的な運用を実現します。その結果、エネルギーコストを最大25%削減し、温室効果ガス排出量も大幅に削減する効果が確認されています。

また、フランスの電機大手Schneider Electric社は、自社製品のAIを活用して建物のエネルギー消費量を15~25%削減する見通しを示しています。同社は、スマートデバイスやスマートメーターから得られる大量のデータをAIで解析し、建物のエネルギー効率を向上させる取り組みを進めています。

さらに、ソーラーパネルや風力タービンなどの再生可能エネルギーを備えた建物であれば、AIがエネルギー生成・使用のバランスを最適化し、エネルギー供給の独立性が高まり、運営コストをさらに低減できるでしょう。

次に、オフィスビルのセキュリティという面でも考えてみましょう。実はこの観点でも負の外部性が存在します。例えば、セキュリティが不十分であると、ビルに入るテナントや訪問者にとっての安全性が低下することで不信感が生まれ、テナントの入れ替わりが激しくなり、安定した収益を維持することが難しくなると考えられます。また、ビル周辺地域のイメージが悪化し、その地域全体の価値に悪影響を及ぼすことも考えられます。

そこで、オフィスビルにAIによる顔認識技術や行動パターン分析を活用したセキュリティを導入することで、外部からの不正なアクセスを防ぎ、より安心・安全なオフィス環境を入居者に提供することができます。高いセキュリティ水準を保持することは、機密情報を取り扱う企業には大きなメリットとなり、入居者ニーズにプラスの影響を与え、長期契約の増加や空室率の低下に繋がり、収益性を向上させることができます。

このように、AIの活用により、エネルギー消費や環境負荷削減の面で不動産を運営するコストが低下し、さらにセキュリティを強化することで収益を安定化させることができます。つまり、AI活用による持続可能な外部性の内部化は、不動産の財務パフォーマンスを高め、不動産投資のリスク低減と資産価値の向上の効果をもたらすのです。

1-3 AIの役割:不動産の投資リスク管理と価値予測

AI技術は、不動産市場における投資リスク管理と価値予測においても重要な役割を果たしています。AIは、経済指標、地理的要因、環境データ、建物の運営状況など、さまざまなデータを総合的に分析し、リスクを定量的に評価します。そのため、投資家はそれらに起因する損失リスクを避けることが可能になるのです。また、市場の需要と供給の変動を予測することで、不動産価格が下落するリスクが高まるタイミングを見極め、投資判断を適切に行うこともできるようになります。

さらに、都市部における新たなインフラ開発の影響や、環境規制の強化など将来のイベントがもたらす不動産価格への影響をシミュレートすることもできます。例えば2023年10月に発表された、地理的な情報も扱えるAIの仕組みであるGeoLLM(Geo-Spatial Large Language Models)といった技術を使用すれば、地理的な環境リスクやインフラの整備状況を分析し、それがオフィスビルの将来の価値にどのような影響を与えるかを評価することも可能です。

また、収益性の面でも入居者の需要動向や賃料の推移、テナントの入れ替わりに関するデータも含めることで建物の収益性をより正確に予測することが可能になります。

不動産の価値は物理的な要因(立地、規模、グレード)だけでなく、地域の経済状況や環境リスク、持続可能性への取り組みなど、さまざまな要素に影響されますが、AIを活用することで歴史的データやリアルタイムの市場データ、さらに地域ごとの経済動向や持続可能性への取り組み、需要動向といった投資環境など、複数かつ膨大なデータソースから集められた情報をもとに多様な要因を考慮し、不動産の将来的な価値を予測することができるようになります。これによって戦略的な意思決定が可能になり、不動産投資のリスクを低減させることができます。

2. 持続可能性の進化:環境レジリエンスの強化と入居者の健康を守るオフィスビル

ここまで、AIの活用によって不動産投資リスクが低減し、投資価値の向上が可能となる点を示してきました。しかし、AIがもたらす変化はそれだけに留まりません。さらに、別の領域でも新たな進化が進んでいます。本章では「レジリエンス(回復力)」という視点から、AIがオフィスビル運営に具体的にどのような形で貢献しうるかをご紹介します。

2-1 AIの役割:環境レジリエンスの強化

環境レジリエンスとは、建物や都市が極端な気象条件や予期せぬ外部衝撃に対して適応・復元し、被害を最小化する能力を指します。気候変動がもたらす豪雨や猛暑、暴風といった異常気象の増加は、オフィスビルを含む都市空間に深刻な影響を与え、こうしたレジリエンス強化の必要性がこれまで以上に高まっています。前章で述べたように、AIは不動産価値向上や投資リスク軽減に寄与しますが、それらの土台となる持続可能な市場環境を実現するうえでも、環境レジリエンスの確保は不可欠な要素です。

AIは膨大な気象データ、地理情報、歴史的災害記録を統合・分析し、将来的な気候リスクを定量的かつ予測的に把握することを可能にします。洪水リスクが高い地域であれば、AIが水位上昇や降水量パターンを分析し、発生確率や潜在的な被害範囲を示すことで、建物の耐久性強化や適切な避難計画の立案をサポートします。また、IoTセンサーと連携すれば、建物内部の構造健全性やインフラの稼働状況をリアルタイムで監視し、異常を即座に検知することで、災害時の被害低減や入居者の安全確保に繋げられます。

さらに、BESS(バッテリーエネルギー貯蔵システム)の導入とAI制御を組み合わせれば、電力需要と供給を柔軟に調整でき、極端な天候下でも不可欠な機能を維持しやすくなります。停電やインフラ障害が生じたとしても、AIが蓄電量や消費パターンを踏まえた最適な配分を瞬時に行い、建物の基本機能を保ち続けることが可能です。

このような環境レジリエンスの強化は、資産価値を安定化させるうえで極めて大切です。『ULI Global Sustainability Outlook 2024』は、気候変動リスクに備えた不動産こそ持続可能な資産価値を確保しやすいと指摘しています。レジリエンス戦略の有無は、投資家やテナントが資産選好を行う際の重要な判断材料となり、競争力を左右する決定的要因となりえます。言い換えれば、環境レジリエンスへの対応は、単に「備え」ではなく、将来への持続的成長と信頼性を築くための必須条件なのです。

2-2 AIの役割:入居者の健康を守る

持続可能なオフィス運営を追求するうえでは、環境負荷の抑制やエネルギー効率の改善のみならず、入居者一人ひとりの健康や福祉にも配慮する姿勢が求められています。近年、環境面での持続可能性と人間の健康を統合的に高める戦略は、不動産価値を押し上げる有力な選択肢として国際的に注目を集めるようになってきました。

オフィス空間を考える際、空気質、室温、湿度、照度、騒音など、相互に影響し合う多面的な環境要因が存在します。これらは呼吸器系への負担や精神的ストレス、さらには視覚疲労にまで影響を及ぼすことから、包括的な対処が不可欠といえます。その点で、AI技術は極めて有用です。室内センサーが捉えた二酸化炭素や微粒子状物質(PM2.5)の濃度をリアルタイムで解析し、それに応じて換気量や空調設定を自動調整することで、清浄かつ快適な空気環境を確保できるようになります。こうした取り組みにより、入居者は呼吸しやすくなり、集中力や生産性が維持され、感染リスクの低減すら期待できるでしょう。

照明環境の工夫も見過ごせません。自然光の差し込み方や時間帯ごとの生体リズム(サーカディアンリズム)を考慮しながら、AIを用いて照度や色温度を適切に制御すれば、疲労感の軽減や睡眠の質向上に繋がりやすくなります。これにより視覚疲労が抑えられ、オフィス利用者は全体的な満足度を高めやすくなり、さらには利用者からのフィードバックを蓄積・分析し、温度や湿度、照明条件を微調整することで、個々の好みに合わせたパーソナライズまで可能となり、人間中心の設計思想を体現できます。

近年は、WELLやFitwelなど、健康やウェルビーイングを重視する不動産認証制度が普及し、従来の環境配慮型ビル認証(LEED、BREEAMなど)と組み合わせる動きが加速しています。こうした認証を取得すれば、入居企業は単なる「環境配慮」を超え、「健康的な就業環境を提供する組織」として認知されやすくなり、優秀な人材を引きつけるうえで有利な立場を築くことも可能です。従業員側も自らの健康や快適性を重視する時代になりつつあり、その結果として満足度とロイヤリティが高まれば、不動産オーナーや投資家の観点からも資産価値や稼働率、賃料水準の安定化・向上が見込まれ、市場での競争力確保へと繋がっていきます。

『ULI Global Sustainability Outlook 2024』は、サステナビリティに対する意識向上が、財務的指標のみならず、企業文化や従業員の幸福度、さらには社会的信頼の獲得にも深く関わる点を示唆しています。こうした潮流によって、オフィスビルが「健やかな環境」を備えているかどうかは、長期的な市場競争力確保の観点から見過ごせない焦点となりつつあります。

総じて、AIによる室内環境の最適化が実現する呼吸しやすく疲れにくい職場は、人材、企業、投資家の三者すべてに有益な効果をもたらし、不動産価値を持続的に高める契機となりえます。このような総合的アプローチは、持続可能性と健康を両立させる未来のオフィスモデルを指し示していると考えられ、今後さらなる注目を集めることでしょう。

3. まとめ

本シリーズでは、事業用不動産の価値形成をめぐる「価格」という概念を、多面的に検討してきました。前編で触れた立地・規模・グレードといった基本的な評価軸は、不動産市場の出発点といえます。その後、中編では、価格が単なる取引条件にとどまらず、市場参加者や政策決定者の行動、さらに経済全体の調整にまで関与するシグナルとしての機能を明確にしました。

そして後編では、AI技術や持続可能性への取り組みが、新たな付加価値を創出し、不動産の評価基準を拡張しうる可能性に着目しています。エネルギー管理や環境負荷低減、健康的な就業環境の実現、環境レジリエンスの強化といった要素が統合され、外部性の内部化が市場に波及することで、不動産は従来の「モノ」としての捉え方を超え、多面的な価値が交錯する複合的な存在へと姿を変えつつあります。こうした動きは、長期的な資産価値の維持・向上にとどまらず、社会的信頼や文化的評価の獲得にも繋がり、新たな不動産像を提示しているように映ります。

今後、事業用不動産分野は、こうした総合的な視点を踏まえた戦略的な意思決定が、未来を切り拓く鍵となる局面を迎えると考えられます。AIや持続可能性に関する理解が一層深まれば、外部性の内部化や多面的な価値創造がさらに進展し、都市機能や産業構造、ライフスタイル変化など、幅広い文脈のなかで不動産が新たな役割を担う余地が生まれるでしょう。

本シリーズが、不動産価格の本質や市場潮流の見極めに際し、読者の皆様へ新たな視座や考え方をもたらす一助となれば幸いです。これから訪れる新たな市場環境において、より多面的な価値創出と持続的な成長を志向する取り組みが、ますます求められていくことでしょう。

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著者

安田 憲治やすだ けんじ

株式会社ボルテックス 主席研究員

一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。塩路悦朗ゼミで、経済成長に関する研究を行う。 大手総合アミューズメントメント企業で、統計学を活用した最適営業計画自動算出システムを開発し、業績に貢献。データサイエンスの経営戦略への反映や人材育成に取り組む。

現在、株式会社ボルテックスにて、財務戦略や社内データコンサルティング、コラムの執筆に携わる。多摩大学サステナビリティ経営研究所客員研究員。

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