「障害×アート」をビジネスに岩手から世界へ、福祉の新境地を拓く【株式会社ヘラルボニー 岩手事業部シニアマネージャー 森尾 洋一 氏】
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知的障害のある作家のアートデータを活用し、自社ブランドやライセンス事業を展開するヘラルボニー。公的な性格の強い福祉領域において「障害×アート」の収益化を実現したビジネスモデルは、国内外で大きな注目を集めています。2025年3月、岩手県盛岡市の百貨店「パルクアベニュー・カワトク」内にオープンした旗艦店「ISAI PARK」も話題となっています。その活動内容や、東京ではなく岩手を拠点とし続ける意義について、岩手事業部を統括する森尾洋一氏に聞きました。
資本主義の中で「福祉」を問い直す
繰り返し同じ図形が並ぶ絵。色とりどりに刺繍されたテキスタイル。原色のうごめくような球体……。知的障害のある人々の中には、ひとたび絵筆を手にすると、常識にとらわれない唯一無二のアートを生み出す「異彩」を放つ人がいます。
ヘラルボニーは、その障害のある作家たちが描く作品を「アートデータ」としてライセンス管理し、ビジネスに展開する事業を行っています。主な事業の柱は自社ブランド「HERALBONY」の運営と、アートを通じて企業と共創するBtoB(企業間取引)事業です。
盛岡市内にある当社の旗艦店「ISAI PARK」。ここでは、障害のある作家のアートで彩った「HERALBONY」のシャツやネクタイ、傘などのプロダクトを販売しています。カフェも併設しており、おかげさまで2025年3月のオープン以来、県内外から多くの方にお越しいただいています。
もう一つのBtoB事業においては、さまざまな企業とのコラボレーションを展開しています。電車、ホテルの客室、クレジットカードなど多くの人の目に触れる場所やモノに作家たちの作品が“展示”されることで、自社ブランドでは届かない層とも作品との接点が生まれる。この接点の総量を増やすことで、障害に対する先入観や偏見といった「ボーダー」を取り払い、誰もがありのままでいられる世界を実現する。それを私たちは目指しています。
現在、当社がライセンス契約を結んでいる国内外の作家は293名に上ります。商品化やコラボレーションの際には必ず作家本人の意思を尊重し、その対価として正当な報酬を支払う関係を構築しています。かつて福祉施設で月額1万円台の工賃を受け取っていた作家が、確定申告が必要なほどの収入を得て納税者へと変わっていく。そんな事例は少なくありません。
よく「福祉の事業をしているのに、なぜNPOではなく株式会社なのか?」と聞かれます。確かに、これまで障害のある方のアート活動の多くは、ビジネスと切り離された福祉事業として展開されてきました。
しかし私たちは、福祉を起点としながらもあえて資本主義の世界で成果を出すことにこだわっています。「福祉だから買ってください」ではなく、純粋に「かっこいい」「欲しい」と思われる品質とデザインを追求する。だからこそ高い収益を生み、作家に正当な報酬をお支払いすることができるのです。
障害は「人」ではなく「社会」の中にある
そもそも「障害」とは何でしょうか。私たちは、その人自身に内在する特性ではなく「その人が存在する社会や環境の側に障害がある」と捉えています。
例えば「視力が弱い」という状態。もしメガネという矯正器具が存在しなければ、生活に支障を来す「障害」と見なされるでしょう。しかし、メガネがあることでその人は不自由を感じずに生活することができます。つまり、社会の中に存在する「いびつ」なフィルターやバリアを取り除けば、その人は本来持っている能力を発揮することができるのです。
この考え方は、昨今の組織経営課題の一つであるDE&Iにも通じます。DE&Iの本質はシンプルで、「相手を知ろうとすること」に尽きます。これは障害の有無にかかわらず、上司と部下の1on1や同僚との関係構築でもまったく同じです。
その視点を体感していただくために私たちが新たに立ち上げたのが、企業研修事業「ヘラルボニーアカデミー」です。この研修では、障害のある当事者が講師となり、彼らの「マイノリティ体験」をベースにした講演やワークショップを行います。一例として、「見えにくい役」「発言に制限のある役」など、視覚や身体機能の制約を疑似的に体験できるボードゲーム型のワークショップがあります。誰か一人でも切り捨てるとゴールできない設計になっており、「多様なメンバーがどうすればチームとして成果を出せるか」を体感的に学ぶことができます。
効率を求めすぎると、どうしても人を「型」にはめて管理したくなります。しかし、その人がどういう状態なら心地よく働けるのか、何がバリアになっているのかを一段深く知ろうとする。その「丁寧さ」こそが、多様な人材が活躍できる、強くしなやかな組織づくりにつながると私たちは確信しています。
岩手から世界へ、確かな変化の波を起こす
ヘラルボニーの代表を務める松田崇弥・文登(双子)には、4歳上の兄がいます。重度の知的障害を伴う自閉症の兄と共に育つ中で感じた、社会からのネガティブな視線や不条理。それを変えたいとの思いが創業の原点です。そのため今も兄の暮らす岩手に本社を置き、活動の拠点としています。ただ、理由はそれだけではありません。
私自身はヘラルボニーへの参画を機に、京都からこの盛岡に移ってきました。その経験から言うと、盛岡のような地方は都心に比べて「社会の解像度」が圧倒的に高いと感じます。一口に「社会を変える」と言っても「社会」とは漠然とした存在ではなく、一人ひとりの人間の集合体です。
都会では「社会」という主語が大きくなりがちですが、盛岡のような地域コミュニティーでは自治体、地元企業の経営者、金融機関、住民など、社会を構成する一人ひとりの顔がはっきりと見えます。私たちの取り組みに対して誰がどう喜び、地域がどう変化したのか。その反応を実感することができます。
「ISAI PARK」も、百貨店の川徳をはじめ地元の方々の協力で実現したものです。また、最近ではJA全農いわてとの協業で、新しいブランド米「白銀のひかり」のパッケージデザインを地元の作家が手がけました。地方ならではの「顔の見える関係」があったからこそ、これらの協業事例を生み出せたと実感しています。
2024年5月、ヘラルボニーはLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)が主催する「LVMHイノベーションアワード」を受賞しました。同年にはパリに子会社を設立し、海外での事業展開とアーティストの発掘・連携を本格的に開始しています。
岩手発の企業が世界に進出することに大きな意義があると思っています。「岩手のヘラルボニーが面白いらしいぞ」と世界中から注目されれば、地元の人たちの意識も変わり、ひいては障害のある人がより生きやすい街になるはず。そのためにも、まずは足元の地域から、確かな変化の波を起こしていく。それが、私たちが岩手にこだわり、世界を目指す理由なのです。
[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社
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