創業160年「北東北随一の百貨店」が描く「地域共創」と「文化発信」【株式会社川徳 代表取締役社長 斎藤 英樹氏】

目次

創業1866年、岩手県の老舗百貨店として地域に愛されてきた「川徳」。経営体制の刷新と20年ぶりの大規模改装を経て、2025年5月に生え抜きの斎藤英樹氏が社長に就任しました。160周年の節目を迎え、新たな地方百貨店像を模索・実践する同社の挑戦と、その根底にある「奉仕」の精神について、斎藤社長に伺いました。

お話を聞いた方

斎藤 英樹 氏さいとう ひでき

株式会社川徳 代表取締役社長

1969年生まれ。岩手県盛岡市出身。1994年白鷗大学卒業後、株式会社川徳入社。婦人服洋品部、営業企画部などを経て、2023年執行役員営業戦略担当長、2024年取締役計画本部長を歴任。2023年の全館改装の際には実務責任者として指揮を執る。2025年5月より現職。趣味として学生時代より地元でアマチュア劇団を主宰する。
https://www.kawatoku.com/

20年ぶりの大規模改装で形にした地域百貨店の新たな価値

私たち川徳の歴史は、変化への適応の連続でした。1866年に木綿商として創業し、その後、当時の商業の中心地だった肴さかな町ちょうへ移転。1937年に百貨店法の認可を受けました。そして1980年、東北新幹線の開業を見据えて現在の地に移転し「パルクアベニュー・カワトク」を新設しました。

しかし、時代の波は容赦なく押し寄せます。2000年代に入ると郊外型ショッピングセンターや大型専門店が盛岡に進出し、競争が激化しました。さらに近年の人口減少、コロナ禍による打撃と逆風が続きます。かつては「東京の流行を盛岡に持ってくる」ことが地方百貨店の役割でしたが、ECが台頭する現代において、単にモノを並べるだけの商売は通用しなくなっています。

そこで私たちは、経営体制の刷新とともに、2023年から2年をかけて大規模改装に踏み切りました。その象徴といえるのが盛岡発のスタートアップ企業・ヘラルボニーの旗艦店「ISAI PARK(イサイパーク)」です。

当社にとっては20年ぶりとなる大改装の柱に掲げたのが「地域共創」と「文化発信」です。岩手から世界へ、独自の感性を発信する彼らと組むことで、従来の百貨店になかった新たな価値をお客様に提供しうると考えました。25年3月のオープン以来、県内はもとより東京や全国各地からファンが訪れ、予想を超える反響をいただいています。

今回の大改装では、顧客戦略も大きく転換しました。売り場全体の約3割を、これまで接点の薄かった20〜40代の顧客層へと思いきって振り向けたのです。ナチュラルコスメを集積した自主編集売場「グリーン・コスメティック・ガーデン」の開設や、アパレル大手・オンワード樫山との連携によるOMO(オンラインとオフラインの融合)型店舗の導入がその一例です。店頭にない商品を取り寄せ、試着して購入できる仕組みは、効率を重視する若い世代のニーズを捉えたものです。

ここ盛岡市は、青森・秋田も含む北東北エリアのほぼ中央に位置します。このエリアでは残念ながら同業の百貨店が姿を消す地域も増えています。そうした中、「川徳に行けば、憧れのブランドや新しい体験がある」と感じていただける場として、青森や秋田からもお客様をお迎えする広域商圏のハブを目指しています。

社員の主体性を引き出す「現場起点」の経営

今回の改装プロジェクトにおいて、私は実務責任者として現場の指揮を執りました。その際、社内プロジェクトチームを結成し、若手や中堅社員からも意見を吸い上げ、フロアコンセプトやマスタープランの策定などにそのアイデアを盛り込むことにしました。環境変化のスピードがこれほど速い時代において、トップ一人の判断だけですべてを決めるスタイルには限界があります。「この店をどうしたいのか」「お客様は何を求めているのか」。彼らが議論し、ボトムアップで積み上げたアイデアと「これからの川徳を自分たちが担っていく」との決意が、全館の3割の改装やヘラルボニーの導入といった変革をもたらしたのです。

2025年5月に社長に就任した今も、最も大切にしているのは現場の社員とのコミュニケーションです。社長室にこもることはできるだけせず、毎日売り場を歩き、スタッフと会話を交わす。かつてのトップは雲の上の存在でしたが、私自身は婦人服洋品部など現場を渡り歩いてきた生え抜きです。社員とはフラットな目線に立ち、「社長、ちょっといいですか?」と気軽に声をかけてもらったり、雑談をし合えたりする関係を、社長になってからも継続したいと思っています。

役職や部署の垣根を超えた「ブレーンストーミング」の場も数回に分けて設けました。自社の現状分析と課題に対する改善策のアイデアをテーマに、新入社員からシニア社員までが意見を出し合い、経営層に伝えるものです。そこで社員の口から出てきたのは「川徳の強みは接客にある。しかし、その質が落ちているのではないか」という危機感でした。現場が自ら弱みを認め、勇気をもって発言した。ここに組織の変化を感じました。

社員の声を受け、覆面調査(ミステリーショッパー)を導入し、客観的な評価を基に接客スキルの再教育を強化しています。EC全盛の時代だからこそ、わざわざ足を運んでくださるお客様に対し、商品知識やコーディネート提案といった「人」ならではの付加価値を提供する。それが私たちの生命線であり、生き残るための唯一の道だと確信しています。

「目利き力」と「編集力」で地域経済の牽引役を担う

2026年、川徳は創業160周年という大きな節目を迎えました。その記念すべき年に私たちが新たに掲げたコンセプトが「FACE“場所”から、“かお”へ。」です。これまでの160年は、川徳という「場所」にお客様が来てくださる歴史でした。しかし、これからの時代は「場所」の力だけではお客様に選ばれません。社員一人ひとりが川徳の「顔」となり、「あなたに会いに来た」と言っていただける「個」の力を磨くこと。そして、川徳という企業自体が、地域生産者や作り手の方々の「顔」となり、盛岡・岩手の魅力を発信していくこと。それが、次の100年に向けた私たちのビジョンです。

地方百貨店の役割は、単なる「小売業」から「地域プロデューサー」へと進化すべきだと、私は考えています。私たちには長年培ってきた「目利き力(キュレーション)」と「編集力(プロデュース)」があります。地域には素晴らしい伝統工芸や農水産物がたくさんありますが、発信やブランディングに課題を抱えている事業者は少なくありません。そうした地域の宝を私たちが発掘し、磨き上げ、川徳のネットワークを使って全国へ発信していくのです。

かつてのように「東京のモノを持ってくる」だけの一方通行ではなく、岩手のいいモノを外へ広げ、外貨を獲得し、地域経済を循環させる。そうした機能も今後の百貨店経営には不可欠になってくるでしょう。

私が子どもの頃、家には川徳の包装紙に包まれた贈り物があり、「川徳に行くときはおしゃれをしていく」という特別な高揚感がありました。社長就任にあたり、地域の方々からいただいた温かいエールや期待の言葉に触れ、改めてこの「のれん」の重みを痛感しています。

当社には創業以来受け継がれてきた「奉仕こそ我がつとめ」いう社是があります。時代が変わり、扱う商品や店舗の形が変わっても、地域のお客様に尽くし、信頼関係を築く、その本質は変わりません。

この盛岡の中心市街地で商売をさせていただいている責任が、私たちにはあります。経済的にも、また人々の心の面でもこの地域を牽引する役割を果たせるよう、次の100年に向かう一歩を踏み出しています。

[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社

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