凝り固まった思考を解き放ちイノベーションをもたらす越境学習【立教大学 経営学部 教授 中原 淳 氏】
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所属する組織の境界を行き来しつつ、自分の仕事に関連する内容について学習し、内省によって学びを深める越境学習。社外の勉強会に参加するなど、これまでは主に個人の自主的な活動として行われていましたが、新しいアイデアや着想を生み出す効果の大きさから、最近は企業が送り込む動きも盛んになっています。越境学習のワークショップなどに取り組んできた立教大学経営学部教授の中原淳氏に、その意義と、成果を生み出すポイントを語っていただきました。
組織外の人材交流などで学ぶ人のほうが個人業績が高い
人は同じ組織の中に長くいると、組織に過剰に適応してしまい、特有の思考形式に陥ってしまいがちです。そうした人が集まった組織は次第に硬直化し、イノベーションを生み出す素地が失われてしまいます。凝り固まった思考から解き放つために効果的なのが越境学習です。
越境学習は、企業に勤めている人が組織の境界を飛び越え、企業の外に学びを求めることです。慣れ親しんだ自社(ホーム)を離れ、アウェイの環境の中で、普段とは異なる人や事象と出会う違和感から、気づきや内省が促されます。組織内では獲得できない知識・技能を身に付けたり、今までにないアイデアが生み出されることもあります。
具体的には、組織外で行われる勉強会や情報交換会などの学びの場のほか、他社に短期出向して働く人材交流などがあります。過去に私が行った調査でも、社外の勉強会等に参加している人のほうが、参加していない人よりも個人業績が高いという結果が出ています。
組織にとっても、従業員が新しい技術や新しいものの考え方に触れ、それらを持ち帰ることは自社の事業やビジネスモデルを革新する契機となります。自社の中のリソースだけでは新たなサービスや事業が生まれづらいとき、外に出て新しい学びを得ることは、組織にイノベーションをもたらせる可能性を秘めているのです。
社内研修ではコンフリクトや忖度(そんたく)のないフィードバックは得られない
外を知ると離職につながるのではと恐れる経営者もいるかもしれませんが、実は逆です。社外での学習や活動は「自社に欠けているところ」を意識化させる一方で、「自社のよいところ」を再発見することにもつながり、結果として組織へのエンゲージメントが高くなる人が増えます。このことは調査で明らかになっています。
越境学習で最も効果的なのが、社外のビジネスパーソンと自社を離れて、仕事を共にすることです。私は10年ほど前、北海道の美瑛町で実施された越境学習のプロジェクトに、監修者という立場で6年間参画しました。ヤフーが幹事会社となり、大手企業数社から30代半ばの将来の役員候補を毎年5人ずつ集めてチームを組み、観光対策など美瑛町の課題を分析して解決策を町長に提案するというものでした。
そのプロジェクトの真の目的は次世代リーダーの育成にありました。業種も異なる初対面同士でいきなりチームを組まされるため、参加者は違和感を抱くとともに、さまざまなコンフリクト*1や激しい討論が起こりました。それこそがプロジェクトの狙いでした。チームが崩壊する危機の中で、自チームが今どのような状況にあり、今後どう補正していけばいいかというリフレクション(振り返り)の癖が身に付きます。
*1 異なる意見、価値観、利害などが対立し、緊張が生じている状況のこと
また、チームで課題解決をすることから、自分自身では気づかなかった欠点など、上司や同僚からは言いにくいことでも、社外の人は忖度なしにフィードバックしてくれます。本人にとってはつらい体験になりますが、それが貴重な気づきをもたらしてくれるのです。実際、このプロジェクトに参加した人たちの中には、現在執行役員になって活躍している人が多くいます。
同じように各部署から集めた人でプロジェクトを組んで課題に取り組ませる社内研修もよく行われますが、社員同士ではお互い遠慮が出て、成長の糧となるようなコンフリクトは起こりません。そこが社内研修と越境学習の大きな違いといえます。
越境学習をどういう形態で行うのか、どんな越境体験をしてもらうのかは目的次第です。他社の人とともに働く短期出向などでは、受け入れ側とWin-Winの関係を築くことが必要です。受け入れ側は知識やスキルが越境者から得られることがメリットですが、受け入れ先を探し、出向期間等の条件を整えるなど段取りが難しいという課題はあります。
越境学習を実りあるものにする3つのポイント
越境学習に送り込むにはどの世代が最も効果的でしょうか。まずは企業人のキャリアの中で、第1モヤモヤ期と呼ばれる20代の後半から30代の前半です。現在の自分は、就職時に描いていた姿とは違う、このままこの会社にいていいのかという悩みを持つ時期です。次は30代後半から40代半ばの第2モヤモヤ期です。組織の中で自分の将来がある程度見えてしまう年齢では、組織の中で活躍できる場面がまだあることに気づかせることが活性化につながります。キャリアミスト*2に陥りがちな2つのモヤモヤ期は特に越境学習を行う意味があると思います。
*2 キャリアにおける漠然とした不安やモヤモヤした気持ちを表す用語
中小企業では後継者の越境学習も効果的です。経営者の後継ぎが、入社前に数年間他社で勤務する修業を行うことがよくありますが、自社の仕事を覚えてから越境学習することで、業務改善に直結するヒントを得る機会になるはずです。
また、越境学習を実りあるものにするには、送り出す側の経営者や人事担当者は3つのデザイン力が必要です。1つ目は、何のために越境学習させるのか、プログラムの目的をきちんと伝え、明瞭な目的意識を持って外に出てもらうこと。本人が自分で考えることが難しい場合は、上司が対話をしてどんな課題や弱みを乗り越えていくのか、何を目指して何を持ち帰るのかを共に言語化していくといいでしょう。
2つ目は、上司や人事担当者が定期的な面談を組んでフォローアップすること。越境学習に送り込むだけで放置しておくとつまずきを感じたり、ネガティブな考えに陥ることがあります。そんなとき、越境学習の目的をリマインドする仕組みが必要です。
3つ目は、越境学習を終えた後に、学んできたことを尊重することです。外での経験を社内で共有する場を設け、越境学習を本人のキャリアや異動に結び付けていく。この事後の対応をしっかりやらないと、越境学習の効果は薄れてしまいます。
組織を超えての学びは、単なる気分転換としてではなく、本気で取り組まなければ成果は上がりません。それには本人が行きたいと自分で決断させることが重要です。本気で取り組むことで場合によっては家族に負担をかけることもあるため、家族に相談させてから返事を求めるというプロセスを怠ってはいけません。
私の経験からも、短期間の経験であっても外部の人たちと出会い、共に働くことをポジティブに捉える人が多いのです。従業員を積極的に外に出して学ばせることは、本人にとっても企業にとっても意義のある取り組みとなることでしょう。
[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社
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