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越境学習が組織革命を起こす
課題解決にも役立つ注目の人材育成法

目次

お話を聞いた方

石山 恒貴いしやま のぶたか

法政大学大学院 政策創造研究科 教授

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て現職。人的資源管理、越境学習等が研究領域。日本キャリアデザイン学会副会長、人材育成学会常任理事、日本女性学習財団理事、産業・組織心理学会理事。著書に『越境学習入門』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)ほか多数。

どの業界でもイノベーションが必要な現代においては、常識やルールにとらわれない視点や着想を発揮できる人材の育成が課題となっています。その解決手段として注目されているのが、企業間移籍(出向)などの「越境学習」です。人材を送り出す側にも受け入れる側にも刺激をもたらす取り組みで、国や地方自治体も推進しています。
越境学習研究の第一人者である法政大学大学院教授の石山恒貴氏が、意義や導入のポイントについて解説します。

複数のフィールドを往来し客観的視点を磨く

越境学習は、その名が勉強を想起させることもあって、向上意識の高い限られた人向けのものと思われがちですが、決してそんなことはありません。私は越境学習を広く定義しています。つまり、自分にとって「ホーム」と思える場所と、対極となる「アウェイ」の場所を、行ったり来たりして刺激を受ける体験が越境学習であると捉えています。

ホームの中では「自由にやっていいよ」といくらいわれても、実際は制約が多く自由にはやれないものです。しかし知り合いもおらず文化も違うアウェイの環境で、新しいことに取り組むには、普段発揮することの少ない「行為主体性」を働かせる必要があり、これが当事者にとって大きな学びになるのです。

経験して得た学びを次の仕事や活動に生かすプロセスは「経験学習*」にも通じますが、経験学習は自分の専門性を熟達させていくものです。ゴルフのパット練習のように、何度も練習してフィードバックを繰り返して精度を上げていくことが目的です。越境学習は、こうした熟達のサイクルからあえて外れることを目的としています。続けていたゴルフのパット練習に疑いを持ち、他のスポーツを学ぶ可能性を検討するようなものです。
*米国の組織行動学者デービッド・コルブ氏が提案した、「具体的経験」「内省的反省」「概念化・抽象化」「能動的実験」の4つの過程を繰り返し行うことで身に付ける学習モデル。

越境学習のフィールドは仕事の現場だけとは限りません。マンションの理事会に参加することも、育児休暇を取って一定期間子育てに専念することも、広い意味での越境学習になるでしょう。副業も含め、これらは個人主導の越境学習です。企業主導の越境学習でいうと、企業間のレンタル移籍や、留職(在籍する企業を一定期間離れ、新興国などの海外で働くこと)が代表的です。

これから越境学習に行こうとする人に「どんなことをやりたいか」と尋ねると、出てくる言葉が、自社のミッションやバリューと変わらないことがよくあります。会社の価値観や理念を自分の考えだと思い込んでいる現象です。そのため、等身大の自分の価値を把握できず、自分の持っている強みにも無自覚なまま過ごしています。こういう人も越境を体験した後は、自分の価値観と会社の価値観を切り離して物ごとを客観的に考えられるようになります。

越境学習者の葛藤とその克服

ただ、越境学習には懸念事項もあります。
越境学習でアウェイに飛び込んだ学習者は、ホームでの経験や価値観が通用しないことに悩み葛藤しながらも、アウェイの文化に少なからず感化され、一皮むけてホームに帰還します。すると、アウェイの熱量をそのままホームに持ち込んでしまい、周囲との温度差に戸惑い、ホームにいながら疎外感にさいなまれることが少なくありません。飛び込むときだけでなく、戻ってくるときにも、ギャップを感じて苦しむのです。越境学習の研究者間でこの現象を「越境学習者は2度死ぬ」と名づけたほどです。

しかし学習者は平静を取り戻すにつれ、アウェイで学んだ方法論をそのまま持ち込むのではなく、そのエッセンスをホームの組織や業務に取り込んでいけばいいと納得していきます。学習者は、「葛藤」「行動」「俯瞰」「動員」の各プロセスを行き来しそれらが相互に作用することで自身のアイデンティティーを変容させ、周囲も巻き込まれる形で、組織変革の機運が生まれます(図表)。学習者の存在は、組織の多様性の観点でも、有効なドライバーとなりうるのです。

越境学習者は、受け入れ先の組織や事業に新たなヒントやチャンスをもたらす存在でもあります。しがらみのない「よそ者」が加わることで、関係性に変化を及ぼすなど、身内だけではなしえない化学変化を起こすのです。

イノベーションの重要性は認識していても、そのためにリソースを割くことができない企業は多いでしょう。他方、新規事業として人を採用してまではやれないこと、緊急性はないが挑戦してみたいことなどについて、副業(越境学習)人材を受け入れることで着手し、小さなリスクで高い効果を出した事例も増えつつあります。

周囲の理解とフォローがカギとなる

越境学習に、政府も期待を寄せています。経済産業省東北経済産業局は、中小企業が副業・兼業などによる人材を協業パートナーとして受け入れる取り組みを推進し、これを「人材共創経営」と称して地域企業の価値共創を支援しています。また地方自治体においても、学習者の力を借りて地域を盛り上げるといった、地域課題での成功事例が多数あります。

越境学習がうまくいくための最大の秘訣は、受け入れる側の企業や団体の準備と姿勢、そして「伴走者」の存在です。受け入れ側は、まず事前に課題を抽出しプロジェクト化した上で、学習者の権限範囲を明確にすること、その後の受け入れ期間中は、フォロー体制を整備し、学習者を異質なものとして拒絶せず受け入れるマインドセットを持つことが肝要となります。そして伴走者は、中間支援の事業者など、学習者に中立的な立場で寄り添う存在です。伴走者不在でも越境学習はできますが、伴走者が節目で振り返りを促したり、相談相手になったりすることで、学習の成果は一層高まるはずです。

その反面、送り出す側は、冒険に出たかと思えば帰ってきて夢を語るような学習者を、迫害の対象にしがちです。迫害される経験も学習者にとってある意味学びにはなりますが、つらいことに変わりはないので、経営者・人事部門・上司が三位一体となり、さらに伴走者も加わってフォローすることが不可欠です。ただし関与しすぎると学びが毀損されかねません。周囲は「関心は高く関与は慎重に」のスタンスで学習者に接することが大切です。

ボルテックスの「Vターンシップ」のような企業主導による越境学習のケースでは、実りを学習者個人のもので終わらせるのではなく、組織へ還元させることが重要です。その意味では、越境学習は終わってからが始まりと思ったほうがいいかもしれません。上司や周囲が率先する形で、社内のコンセンサスを得ながら、学習者の変容を支援していく姿勢が求められます。

[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社

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