事業承継や事業継続、不動産事業、オフィス購入なら、
区分所有オフィスの【ボルテックス】

インバウンド回復戦略は「人数より消費額」
コロナ後も東京の価値は健在、地方の集客力向上も牽引

目次

コロナ禍の影響で一時はほぼゼロにまで落ち込んだ訪日観光客数が、急速に回復しつつあります。政府は外貨獲得の起爆剤にすべく、外国人旅行者、特に富裕層の取り込み戦略に力を入れています。観光学の第一人者である佐滝剛弘氏は、「インバウンドは観光業界のみならず、あらゆる業界にとって大きなチャンス」といいます。コロナ後のインバウンドはどのように変化し、政府の対策は東京の価値・魅力向上にどう貢献するでしょうか。

急速に回復するインバウンド観光、国別1位は韓国

 海外からの旅行者に対する水際対策が2022年秋に緩和されたのを機に、各地で外国人観光客の姿が目立つようになってきました。その数は今年2月には2019年同月比で57%まで回復していますが、特徴的なのは国別の内訳です。コロナ前には1位だった中国が、日本への団体旅行を制限しているため低調で、代わって韓国からの旅行者が全体の約4割を占めています。

 中国からの旅行者は、制限が解かれれば再び増加することが期待され、3月下旬から日本-中国の国際線が続々と増便しています。欧米豪についても、現時点ではシンガポール、タイ、マレーシアなどに流れる傾向がややあるものの、今後回復に向かうと予想されます。

 こうした中、観光庁「観光立国推進基本計画」の6年ぶりの改訂が、3月に閣議決定されました。政府が観光立国を打ち出しておよそ20年が経ち、その間、LCCの拡大や、社会現象にもなった中国人による「爆買い」があり、インバウンド消費は大きく拡大してきました。その背景には、日本経済を支えてきた製造業の衰退を補う手段として、観光に注力したことがあります。

 観光立国を目指すこと自体は、適切な戦略といっていいでしょう。ただし、政府主導で外貨獲得に邁進する姿勢には、議論の余地があります。切り札とされていた東京五輪がインバウンド拡大という点では不発に終わった今、計画推進を後押しする材料として焦点が当てられているのは2025年開催の大阪・関西万博と、カジノ売り上げが大きな柱となる統合型リゾート・IRです。しかし万博は大きな起爆剤とまではならないでしょうし、IRに至ってはまだ不確実な部分が多い上に、果たしてカジノが日本観光の目的になるのかどうか疑問です。外貨獲得にばかり目が向いた観光立国施策では、間違った方向に進みかねません。

宿泊単価より滞在日数で平均消費額の増加を狙う

 外国人旅行者に日本を訪れてもらう意義は、外貨獲得よりもお互いの国や人をよく理解すること、そして日本を好きになってもらうことではないでしょうか。相互理解が深まることこそ、インバウンド促進の最大の目的といえます。防衛費より観光投資を増やすことが、国家間の摩擦の解消につながるといっても過言ではありません。

 政府の新たな基本計画では、「持続可能な観光地域づくり」「インバウンド回復」「国内交流拡大」の3つの戦略が基本的な方針として掲げられています。そのコンセプトはいわば「量より質」で、例えばインバウンド回復戦略では、外国人旅行者の平均消費額を2019年実績の15.9万円から20万円へと引き上げることをひとつの目標としています。そのため、特に富裕層獲得を狙う対策が日本各地で盛んです。

 消費額を上げる手段には、宿泊単価を上げる、滞在日数を増やすという大きく2つがあります。手っ取り早いのは、富裕層に大都市の高級ホテルに泊まってもらうことかもしれません。実際、東京や京都では近年、宿泊料の高額な高級ホテルが次々と開業しています。しかし富裕層誘致という名目で、高級ホテルに優良地を占められ、ほとんどの日本人が近寄ることもできないようなエリアが観光名所に乱立することが、本当にいいことなのか、考える必要があるでしょう。相互交流、相互理解という観点からも、決して望ましい形ではありません。

 それよりも滞在日数を増やして、日本各地の自然やアクティビティを満喫してもらうほうが、結果的に落ちるお金が増えます。さらに観光がもたらす外貨は、日本滞在中だけではありません。日本で購入した雑貨や文具、食べた農産物、体験したスポーツや舞台芸術を気に入り、それをSNSで発信したり、旅を終えた後にリピート購入してくれる人もいるでしょう。旅行者の滞在日数が増え、買い物だけでなくさまざまな体験をしてもらうことで生まれる副次的な効果は限りなく、特に農業、漁業や、文化・カルチャーへの経済波及効果は大きく期待できるところです。インバウンドで潤うのは観光業や運輸業、飲食業だけではないのです。

インバウンドの分散が東京の価値向上にもつながる

 全国の各自治体がプロモーション動画を作るなど知名度向上に取り組めば、地元の企業も魅力的なコンテンツやプロダクツを生み出すなど、官民一体でのインバウンド集客対策が各地で行われています。しかしやはり、東京が名実ともに圧倒的な存在であるのは否定できないでしょう。

 東京は、グルメもショッピングもエンターテインメントもサブカルチャーも、すべてにおいて世界のトップクラスです。同時に、日本の縮図という見方もできます。日本各地のアンテナショップがあり、郷土料理が揃い、東京に来れば日本全体をある程度知ることができるのです。裏返せば、美しい景観や自然体験、地元の人との触れ合いといったソフトの部分は、現地を訪れない限り味わうことはできません。

 東京はこの利点をもっとアピールして強みにしていくべきだと思いますし、地方は、東京をうまく利用すべきだと思います。例えば韓国人旅行者の増加を受けて、多くの地方空港がソウル便を誘致していますが、便数は週に数本といったところです。一方で日本の交通網は、どこの地域へも東京からアクセスしやすい設計です。東京を経由しつつ各目的地へ赴くほうが、効率も満足度も高い旅になるのではないでしょうか。

 東京だけ3泊や地方のみ3泊よりも、東京と地方2泊ずつの旅のほうが、東京の良さも地方の良さも体験してもらえて、一人あたりの消費額も大きくなるでしょう。東京に滞在することは、日本のさまざまな地域の情報を知ることにもなり、日本のリピーターになってもらえる可能性も高まります。東京が積極的に地方をアピールし、率先してインバウンド客を分散させていくことが、結果として東京の価値向上にもつながると考えられます。

 観光立国を標榜することにはさまざまな意見がありますが、東京には世界からの旅行者をひきつける十分な魅力と価値があります。また、インバウンド集客をきっかけに地方のそれぞれの良さを見直していくことは、日本で暮らす私たちにとっても自国の再発見につながります。たんにコロナ前の水準に戻すという視点ではなく、ニューノーマル時代にふさわしい新しいインバウンドの形を、東京と地方が連携しながら構築していくことで、インバウンドが日本経済を牽引する産業に成長する可能性は大いにあるといえるでしょう。

お話しいただいた方

佐滝剛弘 様
さたき・よしひろ
城西国際大学 観光学部 教授

PROFILE
1960年愛知県生まれ。東京大学教養学部(人文地理)卒業後、NHKにディレクターとして入局。主に「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」など報道系ドキュメンタリーの制作に携わる。2016年から高崎経済大学、京都光華女子大学の教授を経て2020年から現職。
専門は「観光学」「メディア学」「世界遺産論」「交通論」など。『観光公害-インバウンド4000万人時代の副作用』(祥伝社新書)など、多数の著書がある。

ライフスタイルの一覧に戻る
  • 本記事に記載された情報は、掲載日時点のものです。掲載されている情報は、予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。
  • 本記事では、記事のテーマに関する一般的な内容を記載しており、資産運用・投資・税制等について期待した効果が得られるかについては、各記事の分野の専門家にお問い合わせください。弊社では、何ら責任を負うものではありません。

関連記事

Recommend