資産運用
津波被害を乗り越える
三陸銘菓のたゆまぬ挑戦心
さいとう製菓株式会社 取締役会長
齊藤 俊明 様
さいとう製菓の創業は戦前の1933年。
戦後、地域の名物になるような菓子をつくろうと、齊藤俊明会長の父、俊雄氏が開発したのが、今の「かもめの玉子」の前身となる「鴎(かもめ)の玉子」でした。1952年に地元・大船渡市の記念行事の賞品として出品すると、たちまち人気菓子に。ただ、俊雄氏が病気がちだったこともあり、数年で製造休止となってしまいます。
「実は当時、家業を継ぐ気はまったくなかった」と齊藤会長はいいます。しかし1960年5月、三陸地方を襲ったチリ地震津波により、自宅兼店舗はほぼ全壊。まだ18歳だった齊藤会長は、懸命に復旧作業に取り組みました。
「やはり自分は長男。住まいと家業を再興するのは宿命だと、このとき覚悟を決めました」 持ち前の挑戦心と経営センスを備えた齊藤会長が携わるようになり「かもめの玉子」は復活し、量産化にも成功。販売促進にも力を入れ、小さな菓子工場を従業員250人、売上高30億円を超える三陸有数の菓子メーカーへ成長させたのです。
東日本大震災で二度目の津波被災
全国から寄せられた手紙が復旧・復興の力に
「かもめの玉子」が全国的に知られ、順風満帆に見えていた2011年3月、東日本大震災が発生。「津波が一気に押し寄せ、引き波が街全体を海に流してしまった。残ったのは建物の土台だけ。今度こそ何もかも終わった、とあのときは思いました」
一時は経営の存続を諦めかけていた齊藤会長。再建を決意させたのは、全国から毎日何十通も寄せられたお見舞いと励ましの手紙でした。「銘菓を復活させることが何よりの恩返し」と、3月23日に全社員を招集。懸命の復旧作業により、被災からわずか1カ月足らずで原料調達の目処がついた品目から生産することができました。
二度もの苦難を見事に乗り越えてきた齊藤会長も、今回のコロナ禍への対応は難しいと語ります。
「自分たちの頑張りだけでは乗り越えられない。どうしたらよいのか、正直わからない。でもたとえ先行きが見えなくても、それを乗り越えるには常に挑戦する姿勢が大切だということだけはわかっています。勇気と覚悟。それが経営者に求められることではないでしょうか」
菓子業だけにとどまらず、
地元・大船渡地域全体の活性化を目指す
ボルテックスとのご縁が始まったのは2020年。物件成約の要因の一つは、「インフレでも揺るがない東京の不動産の強さ」と齊藤会長は話します。
「ボルテックスさんの営業担当は礼儀正しいし、説明も丁寧。不動産市場の全国的な状況も常に把握している。そして何より、相続を含めた税法に詳しい。本当に感心しています」
「人口減少が進む日本において、存続の危機にさらされる地方自治体も出てくるでしょう。大船渡市の流動交流人口を増やすために最大の観光資源である自然の魅力を生かし伝え、地域全体を活性化させていくことが、これからの目標です」
お客様紹介
さいとう製菓株式会社 取締役会長
齊藤 俊明 様
事業内容
製造業 和菓子・洋菓子の製造販売
- 所在地
- 〒022-0007
岩手県大船渡市赤崎町字宮野5-1 - URL
- https://saitoseika.co.jp/
1941年生まれ。警察官を志すも、チリ地震の被災を機に1960年7月に退職し、家業であるさいとう製菓に入社。銘菓「かもめの玉子」の開発・販売に尽力し、三陸を代表する菓子メーカーへと育て上げる。学生時代は柔道と陸上競技に打ち込み、柔道は六段の実力。近年も陸上競技・短距離走のマスターズ大会などに出場している。「ゴルフ以外のスポーツは一通りやりました」と本人。座右の銘は「自分に負けるな」