当社公式note「東都逍遥」にて、新連載「『強靭なる都市』の原点――小栗上野介、未完の東京設計図」を開始いたしました。
本日、第1回を公開しています。
第1回:【開国】駿河台からワシントンへ、持ち帰った「一本のネジ」
1853年、ペリーの黒船が浦賀に現れ、江戸の常識は一夜で通用しなくなりました。今の経営に置き換えると、圧倒的な資本と技術を持つ競合が突然現れ、市場のルールを書き換えられたようなものです。
神田駿河台で生まれ育った幕臣・小栗上野介忠順は、この変化を冷静に受け止めました。7年後、遣米使節としてワシントン海軍工廠を訪れた彼は、工作機械で大量に作られる「規格化されたネジ」を目にします。黒船が見せたのは「製品」の差でしたが、小栗はこのネジに「仕組み」の差を見ました。
「この差は、精神論では埋まらない。仕組みそのものを作り替えなければ、国が潰れる」
帰国した小栗は、合議制で意思決定が遅い組織の中で孤立しながらも、日本を自立した国にするための投資を進めます。「たとえ幕府が滅びても、立派な『土蔵』が残れば、それは日本の価値になる」。組織が続くかどうかを超えて、次の世代に価値ある資産を残そうとしたその姿勢は、事業承継や長期的な資産戦略を考える経営者の方にも多くのヒントを与えてくれます。
本連載では、小栗が東京の各地に残した「生存戦略」の跡を、土地の記憶とともにたどってまいります。次回は、神田川の水力を活かして近代工業の出発点となった「関口大砲製造所」を取り上げ、「リソースの最大活用」というテーマに迫ります。
主な内容
■黒船来航と江戸の大パニック
■ワシントンで見た規格化ネジ
■独断専行と呼ばれた孤高の改革者
■幕府が滅びても残る「土蔵」への投資
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