今回の舞台は、京橋三丁目と銀座一丁目の境です。川がないのに「橋」の名が残るこの場所には、江戸初期から舟運と東海道を支えた京橋川と、その跡に築かれた東京高速道路(KK線)の歴史が重なっています。
KK線は通行料を取らず、高架下に連なる14棟のビルの賃料で建設費と維持管理費を賄ってきた、独自の事業モデルを持つ道路でした。2025年に道路としての役目を終え、現在は歩行者中心の公共空間「Tokyo Sky Corridor」への再生が進んでいます。
川から道路へ、道路から広場へ。用途が変わっても、土地の価値は形を変えて受け継がれていきます。歩道に残る3基の親柱を手がかりに、東京の都市更新の時間軸をたどる一篇です。
ぜひご一読ください。
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川がないのに、なぜ「橋」なのか ~水辺都市「東京」④~ 竹河岸からKK線へ、消えた京橋川の跡を歩く
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